平地ではひと雨ごとに寒さが増し、山間地に積雪の知らせが次々に報道されるこの時期、外を出歩くといえば紅葉がお目当てであることが多く、花を探そうとは思われないだろうが、歩いてみれば意外に身近な植物が花を咲かせている。ビワである。


 


  果物のビワはすぐに思い出せても、ビワの花はどんなですか、と聞かれてすぐに説明できる御仁は多くないだろう。11月下旬から12月にかけての紅葉に世の中が忙しい時期に開花が始まるので、華やかな錦の陰で全く目立たず、記憶に留まりにくいようである。茶色いモコモコの毛がつぼみや花枝を覆い、それがほどけて咲く花の花弁は生成(きなり)色と白色の中間くらいで、かなり地味である。しかし、気温が低いせいか花期は長く、正月を過ぎても咲いている花を見ることが多い。花の形はよく見ればウメやサクラとそっくりで、同じバラ科に分類されている。


 


 生薬として使うのは葉で、漢方処方の中では鼻のトラブルに汎用される辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)などに配合されており、消炎、鎮吐、排膿などの効果が期待されると考えられている。成分としては、植物の地上部にしばしば見出されるウルソール酸やオレアノール酸のほか、セスキテルペン成分や青酸配糖体なども報告がある。 



 青酸配糖体は胃酸などに触れると青酸ガスを発生し、ヒトや昆虫にとって毒となるので、ビワの葉に青酸配糖体が含まれているというのは意外かもしれないが、バラ科植物には青酸配糖体はしばしば見出される化合物で、例えば、アンズのタネの核を生薬にする杏仁(キョウニン)とか、ウワミズザクラのような花が咲くバクチノキの葉(葉を蒸留して得られるバクチ水が咳止めに利用されていた)などにも、青酸配糖体は豊富に含まれている。梅や桃のタネの中にある核を食べてはいけないと言われるのも、この青酸配糖体が含まれているからである。


 


 ビワのタネにも青酸配糖体が含まれている。タネは枇杷仁(ビワニン)と称する生薬とし、杏仁で作る咳止め薬の杏仁水と同様に枇杷仁水を作って使っていたらしい。タネは次世代を育む重要なパーツであるので、そのための栄養を含んでいたり、タネの周りに栄養が添えられていたりするが、その栄養を狙った外敵がタネごと食べてしまうと次世代が育たないので、毒になる物質も同時に含んで食べられるのを少しでも予防しよう、という意味であると一般的には説明されている。実際には、進化の過程で、たまたま青酸配糖体を作ってしまった個体が、他の作らなかった個体より多く生き残った、という偶然が積み重なって現在に至る、ということなのだろうが、人間中心の解釈では説明の順序が逆になっているようである。 


 植物としてのビワは古くから日本にあったようで、野生と思しき木が日本でも発見されているそうである。果実を食用にする植物は非常に多くが外国から輸入されたもので、ビワも果物を採るための品種は奈良時代に中国から持ち込まれたものであることが明らかであるそうだが、野生の木があるということは、大昔はそれを採って食していたのかもしれない。いずれにせよ、ビワは日本に非常に古くから馴染みのある植物であるということらしい。 


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。