今回からは「代替医療」に関して考えてみたい。 


 この連載で、なぜ代替医療をテーマとして取り上げなければならないのかは説明しておく必要があるだろう。今後の高齢化やケアへのシフトに伴い慢性期医療、生活習慣病が医療費を食い荒らす主体となるなか(現在すでにその最中にあるが)、医療経済のベクトルはそれらを「保険医療費」の範疇から追い出すことが、政策の要になると筆者は想定する。それゆえに、慢性期医療の主因となる生活習慣病対策で、未病対策、あるいは予防医療として代替医療がクローズアップされるのではないかと考える。 


 サプリメントの市場拡大および、国民の間で静かに根を下し始めているサプリメントへの抵抗感の薄れは、近い将来、健康対策、生活習慣病対策の中に制度的対応を伴っていくのではないか。OTC薬のスイッチ化の促進は「治療の脱保険医療」を進め、その抵抗感が下がっていくなかで、サプリメントに代表される代替医療、あるいは統合医療への途を大きく開く可能性は高い。 


 結論からいえば当然、その途上では、混合診療あるいはそれに近い政策の展開は必須になる。しかし、それらによって保険医療費は名目上は減るが、国民が実質的な医療、健康に投資する費用、「保健医療費」は拡大する。医療費は「保険」から「保健」にウェイトをシフトするなかで、市場経済的な医療費は増大する。 


 極めて乱暴に逆説的にいえば、「保険医療」で一定の消費抑制が働きつつ、保険収載が相応に厳しいハードルとなれば、自由経済下に入る「保健医療費」は大量消費へ向かう。1961年の国民皆保険の直前には、空前の大衆保健薬ブームが起こった。その名残りを止めるのがドリンク剤だが、それと同様のブームがサプリメントなどに波及するはずである。 


 政策は、健康投資に対して一定の税制優遇などの対応をとる可能性も出てくるが、61年以前と違うのは、健康投資に向くことができる国民所得の公平感だ。富裕層ほど自由経済の下で健康投資できるが、下流層はその世界からおいて行かれる。予防から遠ざけられる大衆の一部は、逆に「医療」を必要とする構造を厚くする可能性が大きい。  その意味では、社会保障費用がそれによって抑制される効果にも疑問符が付くということである。


 ●がんとダイエット対応が代替医療の主流だが 


 代替医療に対する関心は、世界的には1980年代後半からの潮流をみることができる。潮流は相反する2つの流れでみえる。ここでは詳細な解説、検討は避けるが、ひとつはいわゆる治療医療が西洋医学を主流とするなかで、公的費用で賄う西洋医学医療費用に先進国では限界が見え始めたことがある。特にがんの治療費が増大化する状況で、補完的な代替医療、統合医療が注目されてきたことが大きな要因だ。 


 また、肥満を主役とする生活習慣病対策として、ダイエットなどに資する代替医療的な対応に人々の関心が向いてきたことも指摘できるだろう。特に自由診療を基本とする米国では、後述するが90年代から代替医療研究が盛んになってきたことが挙げられる。


 もうひとつの流れは、発展途上国を軸にみれば、未だに西洋医学医療の恩恵に与れない人々が多いということが挙げられる。WHOなどによれば、21世紀初頭でも予防も含めて西洋医学医療に対応できない国、地域は全世界の65%に達するといわれる。こうした国、地域では西洋医学医療ではなく、当該地域に根付いている伝統医療を見直す状況も出てきている。


 WHOは、2000年頃に世界のヘルスケアを見渡すなかで、「スピリチュアルケア」という表現を標榜しかけたことがある。現在では一部の先進国の異論もあり、「スピリチュアル」の表現は棚上げされている格好だが、先進国の異論は西洋薬、つまり化学薬品市場の拡大を阻害するという多国籍医薬品企業の横やりもあるとの見方もある。 


 WHOは70年代からエセンシャル・ドラッグ・リストの構築をはじめ、発展途上国を意識した政策を展開してきたが、衛生対策とともに低費用での保健医療政策を進めるメニュー開発を続けてきた側面がある。当該地域の伝統医療の再評価を目論み、エセンシャル・ドラッグ・リストとの抱き合わせでその地域のヘルスケアを推進することは、ある意味、合理的であり、多国籍企業による保健経済侵略の防波堤をも予測させる。 


 WHOのこうした考え方が「スピリチュアル」の評価とみることができるのだが、棚上げの背景には抗HIV薬の価格に関する製薬産業との取引もあるのではないかと推測する向きもある。 


 こうした2つの流れは、低費用での保健政策の展開という点では共通項もあるが、西洋医学医療が満たされたなかでの治療の限界がみえる景色と、最初から西洋医学に見放されたために伝統医療に回帰する景色はまるで違う。特に、前者では「低費用の保健医療」の実現が動機はともかく、保証されているわけではない。 


 実は、サプリメントにみられるように、先進国における代替医療費用は低コストではない。費用投資としては高負担のまま展開されなければ供給サイドのモチベーションは維持されない。早めに結論してしまえば、高額費用を代替医療とすることで国民の負担に転嫁するだけかもしれないのだ。保険医療費用が減れば医療の大量消費時代が鎮静化するわけではない。 


●先進国のCAMは低費用なのか 


 それでは代替医療とはどのようなものか。この稿ではしきりにサプリメントを代表格にしてきたが、代替医療と呼ばれるものは多様であり、またWHOが着目するごとく地域に根付いた伝統医療は多岐にわたる。奥が深いのだ。その意味でいえば、途上国の伝統医療を先進国に輸入すれば低コストでは済まないであろうことは誰でも想像できることだ。


  欧米では90年代後半から代替医療に関する包括的な研究が始まっている。米国では98年に国立代替補完医療センター(NCCAM)が設立されて以降、補完・代替医療(CAM)という表現が定着した。ただ、CAMの定義は確立したものではない。公的セクター、あるいは研究者により、確立した考え方が生まれているわけではないようだ。 


 明治国際医療大学の今西二郎氏の『統合医療』(金芳堂)の定義によれば、「主流の現代西洋医学以外の医学」となるが、これに沿って考えると、やはり現在の保険医療と一部のOTC薬を除くと、漢方(一部の保険収載除く)、サプリメントなどはCAMの中に統合される。次回は、それらを一覧的に眺めてみる。(幸)