京都市内を流れる鴨川は北から南に向かって流れており、その行く末は大阪湾である。このことをもって、京都市はいわゆる太平洋側に分類されるという話を聞いたことがある。しかし、この冬真っ只中の京都市内のお天気は、まさに、いわゆる日本海側のそれとそっくりだと思うことがよくある。つまり、スカッと晴れたかと思えば、それは1時間か2時間ほどしか続かず、いきなり真っ暗に曇って雪やみぞれが降る。でもそれも長くは続かず、また晴れる。その“晴れ”と“雪かみぞれ”の交代が短時間で何度もやってきながら気温はどんどん下がっていく。そんなお天気がしばしばあるのである。 


 こういうお天気のもとでは、いわゆる底冷えの状態が続く。朝の薬草園の見廻りで、A4くらいの面積の地面がごっそり霜柱で持ち上がっているのを、そこここに発見してしまうのも珍しいことではない。この状況では、浅い土中は凍ってしまうので寒さに弱い植物は生き残れず、レモングラスやハトムギなど、もともと熱帯地域にあったものはひとたまりもなく枯れてしまう。他方、いわゆるヨーロッパハーブの類はこういう気候に適応しており、ラベンダーやタイムなどのシソ科のハーブも、またジギタリスなどのその他のハーブもすこぶる元気である。 


 なかでもジギタリスは一面霜が降りているような時でも、青々とした大きなロゼット葉をくわっと広げていて、ひときわ目立つ存在である。そしてジギタリスの葉が少々毛深いのは、寒さ対策、霜対策なんだということがこの時期によくわかる。ロゼット(地面すれすれに円陣を描くように葉を広げた形)で栄養を貯めながら冬を過ごし、春になってその真ん中から一気に大きな花茎を伸ばして花を咲かせるのである。この冬越し株が十分な大きさでないと、春の花は見られない。


  


 ジギタリスは日本では毒草として紹介されることが多いが、ヨーロッパでは18世紀後半あたりから、むくみを取るハーブティーとして重宝されてきた薬草である。また、そのむくみ解消の利尿作用の元となった化合物(強心配糖体)が単離精製されて、心不全や心房細動に処方される医薬品(ジゴシンなど)になっている。しかし、ジギタリス製剤は、治療に安全に使える血中濃度領域が狭いために副作用が出やすく、さらに腎臓で代謝されて排泄されるのが主な代謝経路なので、腎機能が低下した患者や高齢者には使いにくいといった面もあり、最近はβ遮断薬などに取って代わられることが多いようである。 


 ここで、ジギタリスがむくみとりのハーブティーとして愛好された、その作用メカニズムを簡単に説明すると、ジギタリスに含まれる強心配糖体成分によって心臓の拍動が強まると、全身を巡る血液量が増え、その結果、腎臓を通過する血液量が増えて尿がたくさん作られ(利尿作用)、余分な体の水分が体外に排出される、大まかに申せばそういう仕組みである。 


 ハーブティーとして葉っぱ丸ごと使用していた時には適当に効果があったものも、その中に含まれる強心配糖体成分だけを純粋な化合物として精製して患者が服用すると、副作用が出やすい薬になってしまう。生薬とは、多種多様な化合物の混合物であり、ヒトが服用した場合にはそれらが身体のあちこちに、また時間差をもって作用すると考えられており、その結果がマイルドな作用、全身作用、ということであると説明される。これまで科学の進歩とともに、医薬品といえば最も合理的な化合物の利用法が極められて近代医療に生かされてきたが、今や超高齢化社会を迎え、慢性的な病的症状とお付き合いしながら生活する人口がますます増えていくと予想される。そんな世の中では、血中濃度をモニターする必要があるジゴシンよりジギタリス葉が、つまり医療人にとっては非効率的だったり、管理がしにくかったりする生薬類が、一般利用者にとってはハンドルの遊びが多めの運転席のようで、慣れれば案外使いやすく、もっと利用されるようになっても良いのではないか、と思ったりする次第である。 


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。