ネットジャーナリスト・津田大介氏が編集長を務める政治サイト「ポリタス」で、さまざまな文化人が戦後70年への思いを綴っている特集が話題だ。とくに作家の高橋源一郎氏や劇作家の平田オリザ氏、現代美術科の椿昇氏らが寄せた文章に、反響が大きい。


 私自身、インターネット空間で初めて書物の世界と匹敵する力作の文章表現に、出会った印象だ。基本的に、紙の世界で評価の確立した文筆家は、さまざまな理由でネット上の作品発表を好まないものだ。しかし、この夏には、そんな彼らをも突き動かす空気が流れているのかもしれない。


 翻って、活字文化の中枢を担うべき大手出版社の雑誌を見渡しても、こうした重量感のある特集は取り立てて見当たらない。業界全体の地盤沈下を象徴するかのような現象に、もの悲しさを感じる。


 お盆明けの各週刊誌は、時代や世相の節目になりそうなこの夏の状況を、手探りで恐る恐る切り取ろうとしている。全体としてはまだ、“様子見”の雰囲気が強い。


 今週は、妻との不倫疑惑に激怒した元ボクサーの男が、その相手と目される弁護士をノックアウトして性器を切断してしまった猟奇犯罪や、五輪エンブレムの盗作疑惑で窮地に立つデザイナー・佐野研二郎氏の問題、さらには前財務次官・香川俊介氏の訃報といった話題が横並びで取り上げられていた。


 支持率の低下で苦悩の日々が続く安倍首相に関しても、その“窮状”を描写する似たタッチの記事が目についた。とくに週刊文春と週刊現代は、追い詰められた首相の健康問題に斬り込んでいる。


 文春のほうは『「体調問題」全真相』と銘打って、こんなタイトルの巻頭記事を掲載した。『70年談話、総裁選…「焦り」と「弱気」の核心 安倍首相「吐血」証言の衝撃 「財界人との会食中、トイレから出てこない首相に主治医が駆けつけ…」』。ただしこの記事に安倍首相の事務所は、「事実無根の内容が含まれている」として、撤回と訂正を求める抗議文を送りつけたという。


 発売日が文春より早い現代は『あの子の身体が心配でたまらない 母・洋子から息子・安倍晋三への「引退勧告」』という“スクープ”を掲載した。こちらも健康状態の悪化を前提としたものだが、記事のキモとなる「引退勧告」については、情報提供者の存在さえ疑わしく見える、ひどい書き方になっている。こんな具合だ。


《その洋子さんがいま、ひとつの決断を下そうとしている。

「晋三さん、もういいのです(中略)これで十分なのです」

(略)

 目の前にいるのは、もはや性も根も尽き果てかけた、無残の息子の姿だった。

「これ以上は、許されない」

 母はそう痛感しているのではないか》


「痛感しているのではないか」である。過激な見出しこそが命の週刊誌で、「羊頭狗肉」は日常のこととはいえ、この記事はあんまりだ。


 文春は、反安保の学生を「自己中心的」と中傷した自民党・武藤貴也議員の金銭スキャンダルを暴いたほか、被爆地長崎出身の立花隆氏による原爆論、佐野眞一氏による(なぜか)大田昌秀・元沖縄県知事の人物ルポを掲載し、平和や沖縄など、これまで遠ざけていたテーマへの“微妙ににじり寄り”を見せている。世論に配慮した軌道修正か、今回だけお茶を濁したものなのか、いまの段階ではまだ、見極めがつかない。


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三山喬(みやまたかし)  1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町:フクシマ曝心地の「心の声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。