「大きいことはいいことだ」とでも言いたいのだろうか。厚生労働省の進める医療法人・社会福祉法人の大規模化論議である。
厚生労働省は省内に設置した「医療法人の事業展開等に関する検討会」を舞台に、複数の医療法人や社会福祉法人を束ねる「非営利ホールディングカンパニー型法人」(仮称)の創設に向けた議論を進めている。在宅ケアの充実など医療・介護の連携に加えて、経営の効率化が目的とされている。
これまで確かに業界団体の反対が強く、医療法人や社会福祉法人にメスが入ってこなかったことを考えれば、法人改革は欠かせない。
しかし、そこに「落とし穴」はないのだろうか。大規模化は当然の結果として、医療・介護供給に関する「独占経営体」を地域に生み出すことになる。経営の透明化や説明責任の強化など「外の目」を取り入れる観点を持たなければ、患者や利用者を病院や介護施設に囲い込む状態を作りかねない。
◇ 医療・介護連携や経営効率化が目的
大規模化の方針を明示したのは昨年8月の社会保障制度改革国民会議報告書だ。報告書は「医療法人等の間の競合を避け、地域における医療・介護サービスのネットワーク化を図るため、競争よりも協調が必要」と指摘しつつ、法人間の合併や権利移転など可能にする制度改正の必要性を強調。これを受けて、今年の通常国会で成立した「医療介護総合確保推進法」では、医療法人社団と医療法人財団の合併を促す特例措置が盛り込まれた。さらに、厚生労働省は検討会で非営利ホールディングカンパニー型法人に向けた議論を進めている。
社会福祉法人に関しても、社会保障制度改革国民会議報告書では都市再開発への参加などが可能となる規制改革に言及したほか、法人経営の合理化や近代化、大規模化や複数法人の連携などを必要な施策として挙げた。その後、厚生労働省の「社会福祉法人の在り方等に関する検討会」が今年7月にまとめた報告書で、大規模化や協業化を促すための合併・事業譲渡の要件や手続きの見直しなどを求めた。
しかし、これまで業界団体の反対が根強く、手付かずだった経営体改革が急に盛り上がってきた理由は何だろうか。
社会保障制度改革国民会議や産業競争力会議などの議論では、①病床機能分化や医療・介護の連携などサービスを切れ目なく提供できる、②病床や診療科の設定、医療事務の共同化、高額医療機器の導入、資金調達の一括化による調達コスト抑制や経営効率化—などの必要性が挙げられている。東京都八王子市の医療法人社団(KNI)など一部の医療法人に国際展開の動きが広がっており、「医療を稼ぐ産業にして、海外進出を促進したい」(政府関係者)という思惑もあるとみられる。
同時に、開業医の高齢化と後継者不足で医療機関の休廃業が増えている中、その受け皿として大規模化が期待されている面もあるだろう。帝国データバンクが今年6月に公表した「特別企画 : 医療機関の休廃業・解散動向調査」によると、2013年度に休廃業・解散した医療機関は303件で、集計を開始した2006年度以降最多となったという。
図1:医療機関の休廃業・解散動向調査
出典:帝国データバンク2014年6月9日「特別企画:医療機関の休廃業・解散動向調査」から作成
◇ 医療法人の現状
しかし、医療法人や社会福祉法人の経営は透明性を欠いている。まず、医療法人に関しては、1人または2人の医師で開設することが認められている「一人医師医療法人」が全体の83.5%を占めており、前近代的な経営体質が温存されている。
さらに、経営形態別に見ても83.1%を占める「持分ありの医療法人社団」は問題が多いと言わざるを得ない。
持分あり医療法人とは医療法人が解散する場合、持分比率に応じて残余財産を出資者に帰属させる仕組み。利益配分が認められない点を除けば、日本医師会が「医療に営利を持ち込む」として嫌う株式会社と実質的に何ら変わらない。
持分あり医療法人社団は2007年4月以降、新設が認められなくなったとはいえ、既存法人は「当分の間」存続を認める「経過措置型医療法人」として存続が認められており、今も医療法人の主流を占めている。
図2:医療法人の現状
出典:厚生労働省資料から作成
社会福祉法人についても、財務諸表を公開しているのは全体の52.4%に過ぎず、2014年4月から公表の義務化が漸くスタートするなど、経営の透明化は覚束ない状況だ。
さらに、医療機関や介護施設の運営に「外の目」を入れる日本医療機能評価機構と福祉サービス第三者評価も有効に機能しているとは言い難く、厚生労働省が医療法人の大規模化に向けて公表している資料を見ても、「理事、監事、社員が法人の業務適正を自律的に確保できる内部統制の仕組み」などの文言が見て取れる程度で、透明性の向上や説明責任の強化という観点は少ない。
こうした状況で経営組織の大規模化論議だけを先行させたとしても、医療機関や介護施設の経営効率化だけが優先され、サービスを利用する患者や利用者、税金や保険料を支払う住民の利益は軽視されることになる。法人の大規模化と、それを通じて医療・介護連携や経営効率化を実現したとしても、透明性向上や説明責任の強化という視点を伴わなければ、患者・利用者や住民の納得感や満足度を高めることはできない。
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丘山 源(おかやま げん)
早稲田大学卒業後、大手メディアで政策プロセスや地方行政の実態を約15年間取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。