安倍内閣では次々にキャッチフレーズが出てくるので忘れた人も多いだろうが、このキャッチフレーズに「1億総活躍社会」というのがあった。日本社会は少子高齢化を迎え、人口は減少中。とりわけ団塊の世代が65歳を迎え、労働人口は減る一方の時代だから日本経済を支えるためにも男はもちろん、女性も働こう、というキャッチフレーズは「的を射たもの」に思える。 


 そんな折に、自治会という名の町内会の、誰もが嫌がる役員の順番が回ってきた。役員になってじきに町内の子供会を解散したいという話が来た。理由はかつて十数名いた会員が3人になってしまったから、というのである。しかも、そのうちの2人は兄弟だという。


  最近は小学生でも高学年になると、塾やスポーツクラブに行き、昼間家にいないため子供会に入らないそうだ。子供会は廃品回収業者の依頼で新聞紙や雑誌、段ボールの回収に名目上“協力”する見返りにいくらかの手数料を貰い、活動資金に利用している。子供会の解散後は廃品回収の名目を自治会に変更したいというのだ。これでわかったのは昼間、小学生もろくにいないことだった。 


 加えて、市役所から災害対策の依頼が来る。なんでも「自助、公助、共助」なのだそうで、共助を担うために町内会で防災担当役員、担当者を決めるのだ。 


 ところが、青年、壮年、実年層は全員働いていて平日の日中は町内にいない。中学生は学校の部活と塾で夜9時過ぎにならないと家に帰ってこない。小学生だって高学年は家にいないのだ。日中、町内にいるのはゲートボールを楽しんでいる老人のほかは乳幼児を抱えた主婦と寝たきりの老人の介護に明け暮れる主婦だけなのである。 


 結局、防災役員はゲートボールを楽しんでいる老人会に委嘱された。果たしていざという時、役に立つかどうかはともかく、わかったのは政府の掛け声より先に働ける市民は“総活躍”していたことだった。 


 一方、医療費抑制と「自宅で最期を迎えたい」患者のために高齢者の在宅医療が叫ばれている。だが、寝たきりの、あるいは末期がんの高齢者を自宅に迎える家族の負担は大変だ。自宅で最期を迎える病気の高齢者は満足かもしれないが、家族は24時間休む暇がない。自宅療養、在宅医療を進めれば、家族は、特に女性は退職して自宅で介護することになる。 


 これは総活躍社会、女性の活躍する社会と矛盾するのではなかろうか。推奨元が内閣府と厚生労働省の違いということもあるだろうが、政治はバランスの問題である。どちらかに統一してもらわないと困る。そもそも男も女も社会に出て働くかどうかは各家庭の話である。


  戦前の「総動員令」でもあるまいし、「1億総活躍社会」という精神的呼びかけで、政府が民間の、市民の生活に口出しすべきではないはずだ。(常)