以前の職場の近くに病院があり、入院中の患者さんが理学療法士と道をゆっくりと歩く姿をよく見かけた。歩道が広く、少し足を延ばせばお堀が見渡せ、四季の花が楽しめる遊歩道もあるという環境のおかげもあったのだろう。しかし、退院後も同様の環境が確保されるとは限らない。自宅に閉じこもりがちになれば、せっかく回復した機能を維持できない可能性がある。ふとそんなことを考えたのは、ある新刊(光文社新書『患者の心がけ 早く治る人は何が違う?』)を読んだからだ。
◆“普通の街”で地域リハを目指すヒントに
著者の酒向正春氏は、43歳で急性期の医療を担う脳神経外科医から回復期の要となるリハビリ医に転身。脳画像診断技術をフル活用し、初台リハビリテーション病院(渋谷区)、世田谷記念病院(世田谷区)、ねりま健育会病院(練馬区)で、科学的な経過予測に基づく「攻めのリハビリ(以下リハ)」を貫いてきた。しかし、急性期の医療、回復期のリハが良くても、その先が途切れてしまうと患者は再び寝たきりになるかもしれない。同氏によれば、この課題を乗り越えるためには「急性期リハ、回復期リハ、慢性期リハ(タウンリハ)の切れ間のない連続性」が必要で、それができれば「地域包括ケアシステムはすぐに完成する」。
連続性確保のために、酒向氏が十数年来取り組んできたのが「健康医療福祉都市構想」だ。退院した人が「病院に頼らず、街の中を自ら歩いて交流し元気になってもらうこと」と「医療を基盤にした街づくり」を目指し、市街地中心部に「24時間365日散歩できる」公園的歩道空間をつくる「ヘルシーロード」プロジェクトが、初台(東京都建設局による山の手通り整備事業に組み入れ)や二子玉川(東急電鉄による再開発事業に組み入れ)で実現した。これら先行例は若干“セレブな街”での事例に感じられるかもしれないが、2016年から始まった練馬区との連携プロジェクトは、地域の医療・介護福祉関係者、認知症などの患者支援団体、街づくりNPO、町内会、商店会、企業、官僚、有識者、練馬区職員などからなる委員会主導で進められた結果、ヘルシーロードだけでなく、「街かどケアカフェ」や健康づくり応援アプリ「ねりまちてくてくサプリ」などが生まれ、参画者の広がりを見せている。
私の取材経験では、酒向氏に限らず、認知症や脳卒中後のうつなどの患者を診ている複数の専門医が、「規則正しく起床し、日の光を浴びて散歩し、心地よい疲労感とともに眠ること」の重要性を述べていた。鬱々としながらベッド上で長く過ごし、体を動かさないから夜眠れず睡眠導入剤を利用する、といった悪循環を断つためには、病院外の環境にも目を向ける必要がある。環境整備にあたっては、少し手を加えれば活用できる道や建物、地域を住みよくしたいと考えている人といった社会資源を結びつけ、表舞台に出すきっかけが重要だ。
◆国民、医療者にある理解不足
わが国ではリハという言葉から、国民も医療者も「理学療法士や作業療法士が中心となって行う身体機能訓練」だけを思い浮かべがちだが、リハビリテーション(rehabilitation)とは、「再び適した状態にすること(re-+habilitat)」が原義であり、WHOは「健康上の問題がある人の機能を最適化し、活動の制限を低減することを目的に、その人のいる環境との相互作用をも加味して行う一連の介入」と定義している。つまり、広義のリハは、何らかの障害をもった人が社会に適応するために行われるあらゆる手段を含む。WHOは1980年の『国際障害分類』を2001年の『国際生活機能分類(International Classification of Functioning, disability and health; ICF)』に改めた際、従来の「病気の結果として障害が起こり、障害が治らないと活動制限や参加制約は改善しない」という個人の障害に焦点を当てた概念を大転換した。ICFは人が生きていく機能全体を「生活機能」と捉え、その要素を①心身機能(体や精神の働き)、②活動(ADL、家事・職業能力、屋外歩行などの生活行為全般)、③参加(家庭・社会生活で役割を果たすこと)の3つに整理したことと、健康状態に影響を与える要因として個人因子だけでなく環境因子にも着目したことが大きな特徴だ。
厚労省の『高齢者の地域における新たなリハビリテーションの在り方検討会報告書(平成27年3月)』では、生活機能の低下した高齢者に対して、上記①②③の各要素にバランスよく働きかけることが重要としつつ〈下図〉、ほとんどの通所・訪問リハの内容が①に対する機能回復訓練に偏っている現状を指摘している。また、日本リハビリテーション病院・施設協会が15年ぶりに改定した『地域リハビリテーションの定義、推進課題、活動指針(平成28年10月)』も、2025年に向けた「地域包括ケア体制」構築には「インクルーシブな社会」における「地域づくり」が必須としている。
理想論はともかく実現が難しいのが世の常だが、東京都の場合は福祉保健局が旗振り役となって、地域福祉を担う団体、働きながらも地域づくりへの参画を志す社会人、地域で役に立ちたいとの思いがあるシニア、何らかの資源を提供できる企業などをマッチングさせる「東京ホームタウンプロジェクト」を2015年度から実施している。
リハと地域づくりが誰にとっても他人事ではない時代が確実に迫っている(玲)。
出典:厚生労働省『高齢者の地域における新たなリハビリテーションの在り方検討会 報告書(平成27年3月)』
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/0000081900.pdf