前回は堺屋太一氏が定義した「団塊世代」について、ブームや消費の牽引役だったことは否定しようがないが、高度経済成長時代の果実を独り占めしてきたという印象は本当なのか、正しいのかという疑問を提示した。 


 例えば、生涯賃金所得は、団塊世代が断然トップで、3億9000万円であり、現役世代(60歳以下)は、2億円台にしかならないという「統計」が有効ならば、団塊世代が消費してきた数字も比較されなければならないのではないか。最も稼いだなら、日本の伝統的な価値判断のひとつの指標となる持ち家率も断然トップでなければならないが、そうなっているのか、等々を示してきた。 


「団塊世代が国力を食い潰してきた」という“常識”は本当か。平地に戻ってもう一度考えてみようではないかと主張したいのが、このシリーズだ。 


 そこで、今回から数回、生涯所得につながる賃金の動向をみてみよう。賃金は消費者物価と連動する。当たり前のようにみえるが、バブル崩壊以後のデフレは、消費者物価の低迷を生み、結果的に特に若い人の低賃金に跳ね返っている。非正規労働者を生み出す政策的関与が大きいとはいえ、バブル以後の20数年間の所得政策は若い層に強く影響を与えたことは否定できない。 


 これは国による国策経済政策のなれの果てであり、最も問題にされなければならないのは、若い労働力の賃金を抑えつけ、彼らの消費意欲を萎えさせたことである。当面の生活設計が不透明では、結婚にも子どもを育てるにも躊躇が発生する。 


 少子化問題が一向に反転できないのは、若年層の所得政策、分配政策が大きい。近年の経済政策はその意味で、分配意識が欠落した労働市場政策に集約されるが、若年層への「優しさ」に欠けている。それが、若年層の団塊世代への怨嗟につながっていることは否定しないが、怨嗟を団塊世代に向けることが正解かどうかは、この国の経済政策の「優しさ」の変容を理解した上で判断されるべきだ。このシリーズでは、「優しさ」を一方のキーワードに展開していく。 


●狂乱物価時代の団塊世代のベア


  経済の混乱はバブルの崩壊以後、リーマンショックなどグローバルな規模で起こってきたことは記憶に新しいが、順調な高度経済成長を続けていた戦後の日本を最初に経済停滞させたのは1973年(昭和48年)の第1次オイルショックだ。第4次中東戦争によって、国際的に原油価格が上昇し、大きな経済混乱を招いた。 


 その結果、日本国内ではモノ不足が不安材料になり、物価は急騰した。今でも当時を振り返るニュース映像などをみると、トイレットペーパーの争奪戦などが象徴的な画像として流れるが、筆者の記憶でも、当時の暖房の主役だった石油ストーブに使う灯油価格が、日替わりで上がっていった。


  73年の消費者物価指数は前年比15.6%上昇し、翌年の74年は31.4%上がり、2年間の平均物価上昇率は23%だったと記録されている。一方、この間の春闘におけるベアは73年が20%、74年が32%アップとされているが、ベアについては物価指数を上回ったという実感はない。多分に当時の世の中の出来事が強烈な記憶として存在していることが、物価とベアの記憶の落差を曖昧にしている。 


 当時の福田赳夫首相は物価の上昇ぶりを「狂乱物価」と表現して流行語となった。オイルショックという経済混乱は、直接的にエネルギー不足に対する不安も表面化させた。当時の政府が音頭をとったこともあるが、「省エネルギー対策」が生まれ、「省エネ」という言葉が国民に浸透したのはこの時代だ。このために、テレビの深夜放送がなくなり、街のネオンも消えて星空が戻ったが、終電は早められた。


  現在では、深夜放送もネオンも復活したが、プロ野球のナイターの開始は当時の19時頃から18時に早められたのは戻っていない。現在、お父さんが帰宅する頃には、野球は4~5イニングは進んでいる。脱線するが、プロ野球の戦略が細かくなり、試合時間が伸び始めたのは、試合開始時間の切り上げが一因にあるというのが筆者の持論だ。 


 74年の経済成長率はマイナス1.2%。高度経済成長はここで終止符を打ったというのが経済の専門家のほぼ一致した見方だと思う。それでは、本題の賃金の動向をみる。以下は労働省(当時)官房統計情報部による賃金センサスのデータである。 


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

1974年(昭和49年)版賃金センサス(※第1次オイルショック発生73年)


 賃金上昇率と賃金(男) 


年齢階級  現在年齢   上昇率     賃金 


25~29歳(69~73歳)  26.6%   10万3900円 


30~34歳(74~78歳)  27.7%   12万6300円 


35~39歳(79~83歳)  28.3%   14万 400円 


40~49歳(84~93歳)  24.3%   14万6600円 


賃金上昇率と賃金(女)


 年齢階級  現在年齢   上昇率     賃金


 25~29歳(69~73歳)  26.6%    7万3900円 


30~34歳(74~78歳)  28.5%    7万 400円 


35~39歳(79~83歳)  28.3%    6万7800円 


40~49歳(84~93歳)  24.3%    7万 800円


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


1979年(昭和54年)版賃金センサス(※第2次オイルショック発生79年


賃金上昇率と賃金(男) 

年齢階級  現在年齢   上昇率     賃金


25~29歳(64~68歳)   5.0%   15 万2100円 


30~34歳(69~73歳)   4.3%   18万4800円 


35~39歳(74~78歳)   5.5%   21万2000円 


40~44歳(79~83歳)   5.2%   22万5800円 


45~49歳(84~88歳)   5.3%   22万8800円 


賃金上昇率と賃金(女) 


年齢階級  現在年齢   上昇率     賃金


25~29歳(64~68歳)   5.5%    11万5800円


30~34歳(69~73歳)   6.0%    11万 7100円


35~39歳(74~78歳)   5.7%    11万3700円


40~44歳(79~83歳)   6.8%    11万1400円


45~49歳(84~88歳)   4.8%    11万4900円


 このデータでは、現在年齢69~73歳の世代に、すっぽりと団塊世代が入る。当時の労働力の主体であった男のデータをみると、狂乱物価が背景にある74年、この世代は25~29歳だが、賃金上昇率は当時30代の世代より低い。5年後の79年の第2次オイルショック時は、団塊世代グループは4.3%の上昇率で前後の世代がすべて5%以上の中で非常に低い。上位世代には1ポイントの落差が生じている。これは何を意味するのか。(幸)