前回は労働省(当時)の賃金センサスから、第1次オイルショックの1974年から、第2次オイルショックの1979年の賃金上昇動向をみて、現在年齢の69~74歳がほぼ、団塊世代に相当する状況から、その実際をみた。今回は74~79年の賃金動向から、彼ら、つまり当時の25~29歳(74年)、30~34歳(79年)の賃金がどう動いたかを、できるだけ詳細に眺めてみたい。 


 また、筆者はこのシリーズで「優しさ」を一方のキーワードから見ていくことを予告した。一応の統計をもとにしながら、「優しさ」を傍らにおきながら論じていくことは、反則かもしれないが、そこに踏み込まなければ説明がしにくい、あるいは説得を試みることが難しいという筆者の考え方は、理解の有無を無視するようだが、あえて許容を求めたいと思う。また居直ってしまえば、今の格差社会を構築したのは団塊の世代であるという無体に近い言説ないしは「常識」は、鏡に映せば実は、たいそう情緒的な論理である、と筆者は思う。 


 同調圧力がまかり通る現在、こうした反論が無力であることは承知しているが、団塊の世代が厚遇されてきた時代が本当にあったのかは、情緒的な印象を一方で例示しながら進めていくことが、最後の砦のようにも思える。 


●1ポイントの格差の意味は


 賃金センサスの結果からみると、第1次オイルショックが発生した73年の翌年、74年の賃金上昇率は極めて微妙なグラフを描いている。現団塊世代グループ(69~73歳)のアップ率(男)は26.6%。現在の日本では考えられないようなベア率だが、一方ではこの年の物価上昇率は31%を超えている。74年が突出しており、ベア率が物価上昇率に追いついてないようにみえるが、オイルショック発生年の73年を合わせた2年間の物価上昇率は23%であり、ベアの実相は物価上昇率から乖離したものではない(ここからの解釈は男性の統計に依拠することに留意されたい)。 


 この当時、団塊世代は25~29歳(これを仮にA世代と呼ぶ)。高卒であれば働き手のキャリアとしては6年目から10年目、大卒なら3年目から7年目。多くの職場では新人扱いされていた状況の只中だろうし、独身者も多く、子どもを持っている割合も少なかったはずだ。一方で、その上の世代であり、後期高齢者になった現在74~78歳(B世代)は30~34歳、現79~83歳(C世代)は35~39歳である。結婚もし、子供も生まれたばかり、育児真っ盛りの時代にオイルショックが襲ってきたといえる。このB、C世代は、団塊世代(A世代)の賃金上昇率26.6%を超え、27.7%、28.3%の上昇率を示している。1差は1ポイントを超える。 


 ここで平均賃金自体に目を移すと、A世代は10万3900円、B世代12万6300円、C世代14万400円となっている。B-Aは2万2400円、C-Aは3万6500円。ちなみに現在84~93歳、当時は40~49歳ですでに多くが中間管理職以上だったと思える世代の賃金上昇率は24.3%でさすがにベア率はわずかに低いが、賃金は14万6600円。団塊世代とは4万2700円の格差がある。これをウェイトで見ると、A世代の賃金はB世代の82.3%、C世代の74.0%だ。


  A世代とB、C世代を括り分ける便利な方法がある。それは60年安保世代と70年安保世代である。団塊世代を70年安保世代とするのは、ほぼ了解できると思うが、60年安保世代とは、その闘争ぶりのイメージは社会的にかなり違うはずだ。70年安保世代は、全共闘世代でもあるが、さまざまなセクト別に分かれ、一部は過激化して多くの陰惨な事件も起こした。 


 一方で60年安保世代は主要な左翼セクトが発生はしたが、あまり過激な行動には結びついていない。どちらかと言うと、60年安保世代が政治的理論の構築の世代であり、70年安保世代はそれをさらに確立させた挙句に、勝手に四分五裂させた時代。セクト間でその優位性を示したい一部のグループが過激な行動に走り、さらに過激な行動をすることが目的でセクトを構築したというねじれた構図も作った。 


 団塊世代イコール70年安保世代という括りは、後の過激な記憶と重ね合わさって、「自分勝手な世代」という印象を補強している。批判を集約すれば、勝手に暴れ回っておいて、就業したら急に大人しくなって変貌し、多くが社畜になったという非難にまとめることができる。


  賃金データに戻れば、70年安保世代は確かに暴れた(一部だが)が、オイルショック時には相対的に60年安保世代の賃金上昇率より低く抑えられた。彼らが10万円台のサラリーの時代に、60年安保世代は3~4万円はサラリーが高かったこと、オイルショックを契機とした物価上昇の反映は、60年安保世代により濃く行われたということができる。 


 この背景、理由はある意味簡単だ。前述したように、A世代とB、C世代はこの当時、生活の基本が微妙に違う。A世代は多くが独身か、あるいは家庭を持ったばかりだが、B、C世代、つまり60年安保世代は、この頃すでに多くが家庭を持ち、子どもも2~3人はもうけていたという平均的な像が描ける。物価の上昇が与える影響の生活への直結がシビアだという配慮、つまり「優しさ」がこの数字の背景にある。平均で1ポイントもB、C世代に厚めに賃金が分配されたのである。 


●60年代安保世代への優しさはどこへ  第2次オイルショックはそれから5年後。団塊世代、つまりA世代は30~34歳になっている。当然ながら、彼らはその5年間に結婚し所帯を持ち、子供も生まれた。この時の賃金上昇率は、74年の賃金上昇を調整する局面に入り、アップ率は全世代で低めに抑えられている。しかし、A世代のアップ率は4.3%に対し、B世代は5.5%、C世代も5.2%の上昇に比して1ポイントの格差をつけられている。74年も79年も団塊世代は60年安保世代より上昇率が低い。平均での1ポイント差はかなり「極端」と言っていいかもしれない。 


 当時、団塊世代(70年安保世代)は、中堅とはいえまだヒラの時代だ。逆に60年安保世代はこの頃、昇進の時期を迎えている。年功序列時代の真っ盛り、地位の向上が賃金の上昇の背景と言えるかもしれないが、74年にあった「中堅」への配慮、「優しさ」は79年にはないということを、どのように理解すればよいか。


  ただ、この5年間の賃金動向をもう少し丁寧にみると、団塊世代の賃金自体は、5年間で77.9%上昇している。一方、B世代は67.9%、C世代は60.8%の上昇にとどまる。5年をかけて、団塊世代は賃金の補正が行われてきたことが実は認められる。しかし、ここには妙な発見もある。実際賃金比でみると、74年は前述したとおりB-Aは2万2400円、C-Aは3万6500円だが、79年はB-Aは2万7200円、C-Aは4万1000円と格差は拡大している。5年をかけて補正をしてきたとみられるものの、実際賃金は拡大している。マジックのようだ。 


 そのうえに、79年の賃金上昇は、A世代だけ4%台に抑制された。5年間に補正が行き過ぎたという雇用側の底意が見えるようにも思えるが、こうした数字をみてくると、どうしても団塊世代は経済の指標の中心にいながら、その塊の大きさゆえに「調整」の道具に使われてきたとみえる。あるいは調整機能を果たしてきたのである。この調整機能を他の指標からみるとどうなのか。(幸)