関東で桜開花のニュースが聞かれ始めた3月下旬、栃木県足利市にあるココ・ファーム・ワイナリーを訪ねた。畑の山頂あたりは40度近い急傾斜。海外の伝統的産地に比べて温暖で雨量の多い土地柄に合わせ、試行錯誤の末に選んだ複数の葡萄品種が植えられている。畑の手入れ、収穫時の運搬や破砕、瓶詰めやラベル貼り、タンクの清掃など、ワインづくりの貴重な働き手は、隣接する障害者支援施設「こころみ学園」の園生たちだ。
◆かっこいい仕事をさせたい
畑の歴史は60年前に遡る。1958年、中学校の特殊学級の教員だった川田昇氏が、急斜度かつ石ころだらけで「植林に不向き」とされた土地を格安で入手。子どもたちと2年がかりで2ヘクタールを開墾し、約600本の葡萄の苗木を植えた。知的障害や自閉症のために家に閉じこもりがちで、親から必要な物を与えられるのがあたり前だった子どもたちが、体を動かし汗を流すことで我慢を知り、体力と集中力を高め、心地よい疲れとともにぐっすり眠るようになった。収穫時期に葡萄を食べることで、1年間労働してきたことの意味を理解し、次への意欲も湧いてきた。やがて1969年、川田氏は教職を辞して「こころみ学園」を設立し、園長となった。
園では初め葡萄そのものを売っていたが、高度成長期には粒揃いの果物が求められるようになった。おまけに収穫期に得た収入は翌年まで目減りする一方だ。そこで、始めたのがワインづくり。その理由を川田氏は、「はっきり言って格好いいからです」「バカにされてきた子どもたちも胸を張って歩けると思いました」と語っている。1980年のワイナリー設立から三十数年を経て、JAL国際線のファーストクラス、ビジネスクラスに採用されるワインも生み出すほどになった。
ワイナリーで葡萄栽培や醸造に携わる人たちの口ぶりからは、今は亡き「園長先生」の考え方への共感、園生たちへの愛情がひしひしと感じられる。園生の中には、毎日カラス追いの缶を手に山頂まで登り、葡萄の実を守ることを「自分の使命」としている子もいる。目が回りそうな出荷時期も、各々「自分の仕事」の効率と精度は極めて高い。1日が終わってくたくたになった宵、園生に笑顔で「またやろーね」と言われると、嬉しいような脱力するような気分になるという。瓶詰めが大好きな園生の一言から名付けたデザートワイン「MATA YARONNE」は、深く甘い味がした。
◆“自分の仕事”が誇りと自立につながる
別の折りになるが、介護老人保健施設で職員として雇用している、やや知的障害がある若者に接する機会があった。余計な気を回すことなく通所リハビリに通う高齢者に声かけし、世話をする姿はとても自然だった。その一方で、部外者がへたに手を出すと「やるからいいですよ」と言われてしまう作業もあり、「この仕事は自分がやりきる」と決めているのだろうと感じた。
こうした人たちに接して思い出したのは、長年、発達障害の臨床と研究を行ってきた医師に言われた言葉だ。「障害の特徴をネガティブな視点ばかりで書かないでほしい。彼らは外回りの営業は苦手かもしれないが、我々が音を上げるような入力作業を苦もなく続けられる人もいる。お互いの得意分野を生かせば共存共栄できる」
この4月から、障害者の法定雇用率が引き上げられる。厚生労働省はその広報で、「障害者がごく普通に地域で暮らし、地域の一員として共に生活できる共生社会実現の理念」を掲げている。「共生社会」という看板がない時代に、目の前の子どもたちのために何をするのがよいか、直感と努力で成果を挙げてきた先駆者に政策がようやく追いついてきた。「雇うのが義務だから」でなく「この仕事が得意だから」雇用される人が増えれば、互いに幸せなのではないかと思う(玲)。