春の山菜や野草の新芽が美味しい季節になった。フキノトウ、コゴミ、ゼンマイ、タラノメ、ツクシなどは、春野菜の天ぷらなどにしてお店で提供される素材としてよく知られているし、市場で季節野菜のコーナーに売られているのを見かけることもある。山菜類は案外簡単に里山やハイキングコースの道端などで見つけられたりするので、日帰りで出かけた野山で採集して持ち帰り、家庭で料理して食べることもあるだろう。自分で採集して料理しつつ味わう春が格別であることは容易に想像がつく。
市場で売られている山菜類に強い毒性を持ったものが含まれている可能性は低いが、自分で見つけて採集したものは、残念ながら、ときに重篤な中毒事故の原因となることがある。植物を形態で見分ける場合に最も特徴的でわかりやすい部位は花や果実なのだが、春先の食用にする頃の山野草は新芽だけで花や果実は付いておらず、慣れない者は誤って毒草を採集してしまうことがあるのである。
例のひとつを写真でお見せしよう。畑地の縁に次の写真のように生えているものを発見したら、ニラだと思ってしまわないだろうか。
根元部に特有の白っぽいはかまのような膜もある。サイズが若干ニラより太めかなあと思うかもしれないが、横が畑なら肥料があるせいだろうと都合よく解釈できる。しかし、実はこれはニホンスイセンの若い株で、食べると嘔吐や下痢に始まる中毒症状が現れる。
中毒症状の原因物質はヒガンバナアルカロイドと総称される化合物群で、ほかにシュウ酸カルシウムの結晶も多く含まれるので、接触性の皮膚炎が起きることもある。
このスイセンとニラとの取り違え誤食事件は、最近では毎年ニュースで見聞きしているような気がするが、両者は確かに形態はよく似ているものの、葉や茎を切ったりちぎったりした時のにおいがまったく違うので、採集している最中ににおいで気づいていただきたい。残念ながらにおいに気付いていただけない場合や、多量のニラに若干量のスイセンが混じっていた場合などが食中毒につながっていく。
さらに、ニラのように八百屋さんで売られているものではなく、春の山野草ならではの素材の取り違えもある。例えば、ニリンソウとトリカブト。
ニリンソウはキンポウゲ科の植物で春先の若い植物体はおひたしなどにして食べることができる。他方、トリカブトもやはりキンポウゲ科の植物であるが、ご存知のとおり全草に猛毒の成分を含んでいる。若い植物体の葉はいずれも切れ込みの入ったうちわ型で、見た目がそっくりな上、両者が好んで生える林床の環境が似ているためか、同じ場所に一緒に生えていることがしばしばある。
①ニリンソウ②トリカブト③トリカブト④ゲンノショウコ
紛らわしいものは、強い必要性が無ければ素人が採集しないことが中毒を避ける上では肝要と思われるが、どうしてもというなら、じゅうぶんに勉強してからにすべきだろう。くだんのニリンソウとトリカブトは、強いて言えば、茎が中空か中実かで見分けることが可能な場合があるが、植物が小さいと不慣れな者には難しいと思われる。
ここにあげたものの他にも鑑別が難しい毒草はいくつもあるが、スイセンのような催吐性の毒成分を含む場合は、食べた毒草も吐き出される確率が高く、その結果、中毒症状は致死的にならない場合が多いようだが、トリカブトのような場合はじわじわと痺れが進行していつの間にやら死に至る場合もあり、少量なら大丈夫とも言えないのである。
命を賭して野生の春を食するより、それらを眺めて春を感じつつ、市場で買った栽培品の天ぷらをゆっくり賞味する方がよいと思うのは、いささか贅沢な話なのだろうか。皆さまのお考えや如何に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。