介護は突然やってくる――。介護を経験した人がしばしば口にする言葉だ。「離れて暮らしていた親の認知症が発覚」「転んで病院に入院していた親を一人暮らしさせるわけにはいかない」……。


  事情はさまざまだが、人は年を取ればとるほど、介護が必要になるリスクは高まる。わかってはいても、いざ介護が現実になるまで、万全の準備をしている人は少ない。 


 子や親族が同居して面倒を見られるなら、在宅での介護も考えられるが、都市部の住宅事情や、家族の生活を考えると、簡単ではない。 


 そうした場合の高齢者の住まいのひとつとして、有力な候補となっているのが、有料老人ホーム(以下、老人ホーム)である。『誰も書かなかった老人ホーム』は、介護が必要な高齢者のいる家族や、老人ホームに入居したいと考える高齢者のために書かれた一冊である。


  著者いわく〈老人ホームには、多くの「流派」が存在している〉という。さまざまな介護のスタイルがあるのだ。流派は、〈会社の介護方針、介護理念などをベースにして〉決まっていくが、〈老人ホームのホーム長(管理責任者)の考える「流派」が、そのまま介護スタイルになっていくのが現実〉だという。 


 現場に口を挟まないホーム長がいる老人ホームでは、〈看護師や介護主任の考え方に左右され〉るという。介護は極めて属人的なのだ。そこが標準治療など、一定のルールが定められている、医療との大きな違いだろう。  それだけに、よい老人ホームを選ぶのは簡単ではない。 


■友人・知人、行政、マスコミの情報も危険!? 


 著者は、一般的に介護が必要になったとき、多くの人が頼る情報源に否定的だ。


  例えば、〈友人・知人の老人ホームに関する経験談、体験談を聞く〉こと。〈入居者のホームに対する評価は、猫の目のように日々変わり一定はしない〉という。 


〈行政など公の機関から情報を入手する〉ことも危険だ。行政の職員は仕事柄、ヘタなことは言えない。「すぐに役に立つ生々しい情報はない」というのは、実感としてある。 


〈雑誌やテレビ、インターネットで情報を収集する〉こともリスクがある。〈多少間違っていても、そう解釈することもできるという判断で、誇張して表現する〉〈一部分を切り取っているだけ〉ということがあるからだ(必ずしもそんなメディアだけではないが……)。 


 ほかに、〈セミナーや勉強会に参加する〉こと、〈介護関係者や医療関係者から情報を入手する〉ことなども〈悲劇〉だという。


  結局のところ、「入ってみないとわからない」というのが、本書から得た印象だ。もっとも、介護が属人的ならば、介護するメンバーが変われば、入居した老人ホームの質も変わってしまう(過去に、経営母体が変わったとたんに、大量退職がでたケースもあった)。 


 一般の人がよい老人ホームを選ぶことは難しいなら、入居後に気楽に退去できるのが望ましい。しかし、よほど資産がある人以外は、老人ホームを移るのは難しい。現状、多くの老人ホームは巨額の入居一時金を取って、5年程度で償却してしまうからだ。 


 著者は、「住宅すごろく」の終着点として、サービス付き高齢者向け住宅を挙げているが、人によっては老人ホームが“最後の家”となる。人生の最後で大きなリスクを取らざるを得ないのが実情だ。  つまるところ、著者が言うように〈介護の沙汰も金次第〉なのだろう。


  第5章の〈老人ホームで好かれる人、嫌われる人〉は必見。そのまま、「好かれる高齢者、嫌われる高齢者」と読み替えることもできそうだ。〈現役時代の肩書にしがみつく男性は嫌われる〉が、男性はその傾向が強いようだ。近年は社会的な地位を得ている女性も増えてきたことから女性にも、いずれ同じ傾向がみられるようになるかもしれない。「かわいい高齢者」と呼ばれるようになりたいものである。 


 老人ホームや介護職員の実態を描きつつ、その本質に迫る本書は、介護業界を志す人にもお薦めだ。(鎌) 


<書籍データ>誰も書かなかった老人ホーム』 小嶋勝利著(祥伝社新書 840円+税)