野外での植物観察に最適の季節となった。今年は冬がじゅうぶんに寒かったせいか、春からの花ごよみの移ろいがかなり早め早めに進行しているようだが、人間さまのこよみとすり合わせると、また外気温やお天気まわりを考慮に入れても、5月は野山で、また薬用植物園などでも植物を観るのによい時期である。寒過ぎず、暑過ぎず、野外にいても蚊に追い回されることも無く、また外出の予定が雨天で流れることも少ない上に、この時期に開花する華やかな草木が多いからである。 


 薬用植物は薬用という用途をメインに紹介するので花の華麗さが強調されることは少ないが、例外はあるもので、一般には観賞用の方が有名で、薬用として紹介すると意外と思われるものがいくつかある。そのひとつがちょうどこの時期に開花するシャクヤク(芍薬)である。

 


  ボタン(牡丹)と並び称せられるシャクヤクであるが、両者はなかなかに異なっている点が多い。まず開花期からして同じではない。京都であればボタンの方が半月ほどは早いのである。これはボタンが木本、シャクヤクが草本であるという違いを反映しているのかもしれないが、シャクヤクが開花するこの時期にはボタンは葉がよく茂り、花のあとの果実が膨らんでいる状態である。 



  シャクヤクは冬期には地上部は枯れて無くなってしまうので、春には土中から芽を膨らませて茎葉を伸ばし、それから蕾をつけて開花に至るが、ボタンは冬期にも木質化した地上茎が残るので、春には地上茎の芽から葉が展開する。従って、経年で株が大きくなって大輪の花をつけるのはボタンのほうである。 



  薬用に供するのは両者とも地下部である。シャクヤクは根を、ボタンも根ではあるが真ん中を通る芯を除いた根皮を主に利用する。成分もよく似ている。しかし、漢方処方の中で使われるときには両者に期待される役割は少々異なっている。シャクヤクは鎮痛・鎮痙作用、筋弛緩作用などを期待されることが多く、他方ボタンには主に駆瘀血(クオケツ)作用を期待する。瘀血(オケツ)とは漢方の考え方で血(ケツ:熱や栄養分を運び身体の中をぐるぐる巡っている赤い液体)の滞りがあることをさし、瘀血状態を解消するのに役立つ生薬が駆瘀血薬である。ボタンはこの駆瘀血薬に分類される。


 


  例えば、瘀血が原因のひとつと考えられる便秘や肩凝り、婦人科疾患などをターゲットとする漢方処方に配合する生薬には、シャクヤクよりもボタンが好まれるし、こむら返りや筋肉痛が患者の主訴である場合や、肩凝りであっても瘀血が主たる原因ではないと判断される場合は、筋肉の緊張をほぐすシャクヤクが配合されている処方が選ばれるという具合である。


  この両者が成分的には類似しているのに異なる使われ方をする理由は、残念ながら科学的には解明されていない。類似成分をもつ生薬の使い分けは、キョウニン(杏仁)とトウニン(桃仁)の場合など他にも当てはまる例があるのだが、やはり科学的に説明することは難しい。しかし、これらはいずれも経験的に長期間使用されてきており、そこに多くの治療実績があるので積極的に否定されることもない。 


 シャクヤクはもともと東アジア地域が原産と考えられているが、園芸植物としてヨーロッパに輸出され、多様にまた華麗に改変育種されたものがピオニーと名前を変えて日本にも輸入され、切り花等に多用されている。一見バラと見紛うほどの華やかさと色の多様性があり、さらに香りのあるものもある。


  シャクヤクにはこのようにひとつの植物に2つの用途があるので、筆者はこれら園芸品種の花卉用栽培と、根を生薬にする薬用作物としての栽培をひとつの植物で実現できないか、とつい厚かましい考えを持ってしまうのであるが、誰しも同じことを考えるようで、地上部は花卉として出荷し、根は根で生薬原料として出荷するという、二兎を追う栽培がすでに試みられたという報告がある。雑誌に掲載されたものもあれば、報告が活字にされていないケースもあるようである。結果は成功したと結論しているものもあるが、それぞれの品質や収支を考慮に入れると、劇的にうまくいく話ではないようである。


  五月晴れの植物園で満開のシャクヤクを見つけられたら、花の美しさだけでなく、地下に秘めたる薬用としてのシャクヤクにも思いを巡らせていただければと思う。 


「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」というフレーズがあるが、くだんのシャクヤクとボタンの使い分けをこのフレーズを使って説明してくださった医師がおられた。いわく、シャクヤクは鎮痛・鎮痙など鎮める働きが強いので、立ってしゃかしゃか歩き回る落ち着きがないお嫁さんに、ボタンは駆瘀血作用が強いので、血の巡りが悪くてぺたっと座ったまま動きが悪く、お姑さんにあれ取って、これ取って、と指図するようなお嫁さんに、処方すべし、なのだそうである。ユリは百合(ビャクゴウ)という生薬にするが、花の時期はまだ先である」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 伊藤美千穂(いとうみちほ)  1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。