医師向けの講演前に控室でくつろいでいたら、女性MRが入ってきた。


「担当先の開業医の先生から、こんな質問が来たんですけど、答えてもらえませんか?」


  彼女のスマホの画面には、「ベンゾ系抗不安薬・睡眠薬を、1年以上同一の用法・用量で継続処方していても処方(せん)料が減額にならない“不安若しくは睡眠障害に係る適切な研修等”ってどんな研修?」と書かれていた。


  このような心理的なテクニックが今回の診療報酬改定には散りばめられている。抗不安薬・睡眠薬の適正使用に関しては、「ダブルバインド」が用いられている。


  ダブルバインドとは、最初に命令したことと矛盾するようなメッセージを発することで相手を混乱させて相手を操る手法で、「二重拘束」とも言われている。 


 ベンゾ系の話で言えば、厚生労働省はまず「ベンゾジアゼピン系向精神薬を、必要以上に長期処方するな」と“命令”した。その一方で、「不安又は不眠に係る適切な研修を修了した医師」「精神科薬物療法に係る適切な研修を修了した医師」が行った処方または当該処方の直近1年以内に精神科の医師からの助言を得て行っている処方は減点しない、と“矛盾”したことを伝えた。


  ここで混乱した非専門医は、「研修を受ける」か「精神科医と連携する」か?という二者択一を迫られることになる。冒頭の女性MRに質問してきた医師は、“研修”のほうを選びたいということだろう。


  ちなみに、冒頭の質問に対する回答は、3月30日付の疑義解釈資料に以下のように出ている。


◎「不安又は不眠に係る適切な研修」については、現時点で日本医師会の生涯教育制度における研修(「日医eラーニング」を含む。)において、カリキュラムコード69「不安」又はカリキュラムコード20「不眠」を満たす研修であって、プライマリケアの提供に必要な内容含むものを2単位以上取得した場合をいう。 


◎「精神科薬物療法に係る適切な研修」については、現時点で日本精神神経学会又は日本精神科病院協会が主催する精神科薬物療法に関する研修をいう。ただし、精神科の臨床経験5年以上を有する状態で受講した場合のみ該当すること。


 いずれにしても、厚生労働省の思惑どおり、ベンゾジアゼピン系向精神薬の適正使用が進むことになるが、研修よりも進んでほしいのは、かかりつけ医と精神科医の連携だ。向精神薬に限らず、今回の医薬品適正使用の推進は、専門医と非専門医の連携を進めるきっかけになる。MRやMSには、つなぐ役割が期待されるだろう。 


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川越満(かわごえみつる) 1970 年、神奈川県横浜市生まれ。94年米国大学日本校を卒業後、医薬品業界向けのコンサルティングを主業務 とするユート・ブレーンに入社。16年4月からは、WEB講演会運営や人工知能ビジネスを手掛ける木村情報技術のコンサナリスト®事業部長として、出版及 び研修コンサルティング事業に従事している。コンサナリスト®とは、コンサルタントとジャーナリストの両面を兼ね備えるオンリーワンの職種として04年に 川越自身が商標登録した造語である。医療・医薬品業界のオピニオンリーダーとして、朝日新聞夕刊の『凄腕つとめにん』、マイナビ2010 『MR特集』、女性誌『anan』など数多くの取材を受けている。講演の対象はMR志望の学生から製薬企業の幹部、病院経営者まで幅広い。受講者のニーズ に合わせ、“今日からできること”を必ず盛り込む講演スタイルが好評。とくにMR向けの研修では圧倒的な支持を受けており、受講者から「勇気づけられた」 「聴いた内容を早く実践したい」という感想が数多く届く。15年夏からは才能心理学協会の認定講師も務めている。一般向け書籍の3部作、『病院のしくみ』 『よくわかる医療業界』『医療費のしくみ』はいずれもベストセラーになっている。