ビジネスパーソンなら、「ぜんぜん寝られない」といった睡眠障害まではいかなくとも、「残業や夜の接待続きで、少しだけ寝不足」という状態をしばしば経験するだろう。
たかだか1~2時間の寝不足と侮るなかれ。ちょっとした睡眠不足も続いていくと、さまざまな悪影響が出てくる。 『睡眠負債』は、こうした睡眠不足の蓄積を〈眠りの借金〉(=睡眠負債)と定義して、そのリスクにフォーカスした一冊だ。
そもそも人は何時間寝ればよいのか。個人差はあるものの、負債を抱えない睡眠時間は、おおむね7~8時間程度。〈5時間を切ってくるといろいろな危険性が増して〉くる。 また、いくら眠りの質がよくても、〈睡眠の長さ、量が足りていないと、さまざまな問題が起きる〉という。
厚生労働省の調査によれば、日本国民の約4割が1日6時間未満となっている。実際、周囲を見渡しても、コンスタントに7~8時間寝られているという現役世代はあまりいない。多くの日本人が睡眠負債を貯めていると言えるだろう。しかも、〈日本人の睡眠不足の傾向は近年強くなっている〉という。
睡眠不足は重大な病気や事故に関係している。本書では、アルツハイマー型認知症、がんなどのリスクを高める可能性が指摘されている。一時、過重労働の長距離バスやトラックの事故が相次いだが、睡眠不足は、本人がその危険性を認識していないという点で、飲酒運転以上のリスクも指摘されている。
■睡眠負債による損失は最大15兆円
睡眠不足による病気の増加や仕事の効率の低下は、経済に悪影響を及ぼす。
本書では、世界的なシンクタンクである米ランド研究所が行った、不十分な睡眠がもたらす経済的コストの額を紹介している。死亡率の上昇による労働人口の減少や、仕事のパフォーマンスの劣化による経営効率の劣化などによる、日本の経済損失の額は、実に〈9兆6800億円~約15兆1800億円〉に達しているという。
金額の大きさもさることながら、経済規模に対する損失の比率でも、日本は世界でワーストレベルに大きい。〈睡眠不足で国富の2%前後、最大で3%近くを毎年捨てている〉ことになる。
個人レベルで見ても、睡眠不足でミスを連発したり、効率の悪い仕事をしていれば、仕事が滞り、評価や出世にも悪影響となりそうだ。
日々、負債が大きくならないよう、生活に気を付けるのはもちろんだが、貯まってしまった睡眠負債はどのように“返済”すればいいのか?
実は、週末に一気に解消するのは、体内時計が狂うリスクもある。週末に寝坊し過ぎて、夜に寝られないという経験をした人も多いはずだ。そのため、〈寝る時間を1時間早くして、起きる時間を1時間遅く〉するなど、「少しずつ返済」が、体のリズムを崩さない方法と言えそうだ。
睡眠には、1日の約3~4分の1があてられるため、〈睡眠の俗説〉も多い。睡眠の90分サイクル説、眠れなくても目を閉じて横になるだけよいなどはよく知られたところ。また、2度寝、昼休みの仮眠、加齢に伴う睡眠の変化など、多くの人が関心を持つテーマも多い。
本書は、それらがいいのか悪いのか、もしくは何の影響もないのか、専門家への取材を通じて、さまざまな疑問に答える。よい睡眠習慣を身につけたいものだが、個人差もある。各種ノウハウについては、あれこれ試してみて、個々の体質に合うものを実践すればいいだろう。
昨今、「働き方改革」が注目を集めているが、単に労働時間を短くするだけでは、社会全体での生産量は落ちる。併せて“睡眠改革”を実施することが、時短と生産性の向上を同時に狙う秘策となりそうである。(鎌)
<書籍データ> 『睡眠負債』 NHKスペシャル取材班著(朝日新書720円+税)