“医学部バブル”と呼ばれる医学部の受験ブームが始まって久しい。有名進学校の成績上位者が、こぞって医学部を受ける現象だ。大人気の医学部や、職業としての医師の実態を探ったのが『医学部』である。
第1章~第3章はヒエラルキーを中心に据えつつ、医学部の実態や歴史を解説している。かつて医学部には、東大を頂点としたヒエラルキーがあり、〈「ジッツ(ドイツ語で椅子の意味)」と呼ばれる関連病院を増やし、地域医療にも大きな力を持つようになった>。他の大学で教授になるOBも多かった。
しかし、新設の大学(といっても開設から50年以上たっている大学も多い)が、〈自校出身者から教授を出せるだけの実力をつけた〉り、臨床能力重視になったことで、このヒエラルキーに異変が生じているという。
2004年には新臨床研修制度が導入され、母校以外の病院で研修する医師が増えた。〈これが教授の「人事権」の一部を奪うことになった〉、と同時に〈関連病院のあり方に風穴を開けることになった〉。学閥より実力で評価される時代になりつつあるのだ(一方で、新臨床研修医制度がへき地や人気のない診療科に医師が集まらない「医療崩壊」を加速させたという声も根強い)。
その象徴と言えるのが、順天堂大学だろう。“天皇陛下の執刀医”で知られる天野篤氏をはじめ、教授陣には名医がずらり。医学部附属順天堂医院(本院)の外来患者、入院患者で私学の雄・慶應義塾大学病院を上回ったという(ちなみに、病床数は慶應のほうが多い)。
■AIが難病を診断する時代へ
人気が高まるなか、下位校でさえ偏差値60を超える難関になったが、医学部は〈他学部に比べて「職業訓練校」としての色合いが非常に強い〉。医者になる人が大半だろう。そして、〈近年はかつてより明確に「よき臨床医」になるための教育に力を入れるようになった〉。
狭き門に合格してからも、医学部では厳しい勉強や実習が待っている。〈国試合格率が7割を切ると補助金(「大学院高度化推進特別経費」)をカットされる恐れがある〉ため、〈大学は国試に合格できる見込みのない学生を簡単に進級・卒業させない〉〈そもそも医学部は1単位でも落とすと留年となってしまう厳しさだ〉という。
昨今は医学部出身の学生が外資系の一般企業に就職するなど、以前に比べて進路が多様化しているとはいえ、「成績がいいから」という理由だけで医学部に進学して、医師に向かないことがわかれば、苦痛以外の何ものでもない。
以前から医師の世界は “西高東低”と言われているが、とくに西日本の医学部ブームは加熱する一方だ。本書に掲載された〈国公立大学医学部医学科合格高校ランキング〉には、2位の灘校を筆頭に、西日本の有名進学校がずらりとならぶ。
本書では〈保護者が『医学部は食いっぱぐれがないから』と子どもたちに医学部受験を勧めている〉〈有名進学校の保護者や生徒、新興の新学校や予備校などの思惑が相まって、現在の医学部受験ブームが作り出されている〉としているが、さまざまな進路や人生のあり方を示せない教師の側にも問題ありと言えるだろう。
苦労を重ね、高い学費を親が負担して、めでたく国家試験に合格したとしても、今後、医師は将来にわたって“食いっぱぐれない”資格ではなくなる可能性もある。
厚生労働省の推計では、〈現在のペースで医師が増え続けた場合、33年には人口の減少にともなって需要と供給が均衡し、40年には供給が需要を1.8万人程度上回るという〉。
コンビニを上回る数の歯科クリニックや、有資格者を増やしすぎてダブついてしまった弁護士や公認会計士のような“ワーキングプア”が誕生する世界も懸念されているのである。
加えて、医師の世界にもAI(人工知能)を活用する動きが始まりつつある。専門医でも診断が難しいとされる特殊な白血病を、IBMのAI「ワトソン」が見抜いたというニュースは記憶に新しい。
多くの職業がAIに変わるとみられているが、間違いなく医師もそのひとつである。医師過剰、AI時代にも必要とされる医師を生み出すために、医学部の選考方法、教育カリキュラムにも変革が求められていくはずだ。(鎌)
<書籍データ> 『医学部』 鳥集徹著(文春新書830円+税)