世の中の問題の多くは、なすべき人がなすべき仕事をしていないことによって生じている。これが私の信念である。


  数回前に触れたアンダーユースもそれに該当するが、取材活動やリアル講演会の“前座”(私の後に臨床医が講演するので役得で勉強させていただいている)を通じて医師と患者の間には大きな心理的な問題があることを改めて感じている。 「Clinical inertia」。患者さんの問題を認識していながら、それを解決する行動を起こすことができないこと。強化療法が必要なのにそれができない状況や、新規糖尿病と診断されているのに治療が開始されない状況などを意味する。 「inertia」は「慣性」のことである。止まっているものは止まり続けよう、動いているものは動き続けようとする、物理的な特性だ。そのため「Clinical inertia」は「臨床的慣性」と略される。以前にも触れた「現状維持バイアス」や「不作為」に似ているかもしれない。


  なぜ、医師による“心のブレーキ”である「Clinical inertia」が起きるのか。「まだ患者さんが受け入れるタイミングではない」とか「負担が増えてしまう」とか患者さんの気持ちを気にしすぎているという説がある。


  そんななか、6月2日に開催されたMBA(メディカルブレーンアソシエイト)交流会「知恵の輪クラブ」で久しぶりに『ドクターは、そう考えないよ』の著者である染谷貴志先生(そめや内科クリニック院長)の講演を聴いた。


  同クリニックでは2018年度診療報酬改定で新設された「機能強化加算」(初診料に80点加算できる)を届け出ている。かかりつけ医として期待される開業医の中には、同加算のような“負担増”となる新設項目の算定に二の足を踏む医師もいるが、染谷先生はためらわずに算定しているという。


「診療報酬には振り回されないようにしている。治療方針を明示し、それに賛同してくれる患者さんが集まっているから、算定にためらうこともない」


  算定すべき点数を算定しないことも、「Clinical inertia」の一種かもしれない。染谷先生のように、自分の診療に自信を持っている医師であれば「Clinical inertia」はあまり起こらないはずだ。


  最近、期待の配合剤が立て続けに発売されているが、各医師の「Clinical inertia」を解除しなければ、市場拡大は難しいかもしれないと考えている。


  医療者の「Clinical inertia」を解きほぐすことも、MRの役割のひとつだ。 


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 川越満(かわごえみつる)  1970 年、神奈川県横浜市生まれ。94年米国大学日本校を卒業後、医薬品業界向けのコンサルティングを主業務 とするユート・ブレーンに入社。16年4月からは、WEB講演会運営や人工知能ビジネスを手掛ける木村情報技術のコンサナリスト®事業部長として、出版及 び研修コンサルティング事業に従事している。コンサナリスト®とは、コンサルタントとジャーナリストの両面を兼ね備えるオンリーワンの職種として04年に 川越自身が商標登録した造語である。医療・医薬品業界のオピニオンリーダーとして、朝日新聞夕刊の『凄腕つとめにん』、マイナビ2010 『MR特集』、女性誌『anan』など数多くの取材を受けている。講演の対象はMR志望の学生から製薬企業の幹部、病院経営者まで幅広い。受講者のニーズ に合わせ、“今日からできること”を必ず盛り込む講演スタイルが好評。とくにMR向けの研修では圧倒的な支持を受けており、受講者から「勇気づけられた」 「聴いた内容を早く実践したい」という感想が数多く届く。15年夏からは才能心理学協会の認定講師も務めている。一般向け書籍の3部作、『病院のしくみ』 『よくわかる医療業界』『医療費のしくみ』はいずれもベストセラーになっている。