エッセイスト室井佑月氏による週刊朝日コラム「しがみつく女」に、先の日米首脳会談にまつわる話が書かれていた。米朝会談を目前に、是が非でも拉致問題に言及してくれるよう安倍首相がトランプ大統領に“念押し”に行ったあの訪米を振り返ったものだ。


  あの日、会談後の共同会見でトランプ大統領は「安倍首相は先ほど軍用機や航空機、それに農産物など数十億ドルに及ぶ製品を購入すると約束した」と言明した。深刻な人権問題にまで、“取引”を絡ませようとするトランプ流“ディール”。日本でコメントを求められた麻生財務大臣は「向こうから出てきた要求の書類の内容を見た? “なんだいこりゃ、ふざけているのかね”と思うほどだった」と、不快感を露わにした。 


 あの麻生氏をして「ふざけているのかね」と憤らせた米国の要求。《恐ろしいけど、知っておきたい。でもメディアはここをいじらない。上っ面の報道ばかりで》。室井氏はそう言って、メディアの掘り下げがないことを嘆いている。


  とまぁ、コラムはそんな話だが、室井氏はこの件を会談直後のTBSニュースで知ったという。確か夕方のニュースだったはずだ。私も同じ報道を目にしており、麻生氏のコメントも覚えている。しかし私の印象でも、この件の報道は“それっきり”だった。全メディアを隈なくチェックしたわけではないが、TBSの第1報以外、主要メディアはこの話題にほとんど触れていないと思う。


  麻生氏ではないが“なんだいこりゃ”と言いたくなる不可解な展開だ。もしかしたら第1報は誤報だったのか。それとも、何らかの理由でTBSだけが“先走って”報じたが、その後各メディアが足並みを揃え、「報じる価値のないニュース」と封印する“意思統一”をしてしまったのか。ひょっとして政権から“国益”を大義名分に、メディアへの働きかけがあったのではないか。そんな“勘繰り”さえ芽生えてくる。アメリカは米朝会談で拉致問題に言及する代わり、法外な要求を日本に押し付けたのか否か。その部分の最低限の事実関係さえ、よくわからない状態なのである。


  週刊文春は今週、『3選への最大リスク 森友「無反省音声」公開 安倍昭恵夫人独演会 「私は変態コレクター」』というトップ記事と抱き合わせで、『トランプに脅され、金正恩にタカられ…… シンゾー・アベは220兆円のATMか』という記事を掲載した。  前者のトップ記事は、お騒がせファーストレディーの相変わらずの能天気ぶりをゲンナリする筆致で描いている。この夫婦に憤りを禁じ得ないのは、自分たちの存在がすでにひとりの官僚を死に追いやっている事実を、これっぽっちも気にしていないように見えてしまうことだ。 


 で、これとセットになったATMの記事は、先の室井氏のコラムとの関連もあり、興味を持って読んだのだが、ここで取り上げられているのはトランプ氏が米朝会談の際、220兆円とも言われる北朝鮮の非核化プロセスの経費を日韓両国が負担すると示唆した、という話だった。麻生氏を怒らせたという“その前の一件”には触れていなかった。


  記事は、トランプ氏もプーチン氏も本質は自己中心的、とする国際ジャーナリスト山田敏弘氏のコメントを引き、《トップ外交で仲良くなるという姿勢だけでは、日本の利益を代弁してもらったり、引き出すことは難しいのです》と断じている。一部コメンテーターがしばしば口にする「外交の安倍」という評価も、相当に怪しくなっている。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。