●転換期を迎えた医師主導臨床試験 


 JMTO(日本・多国間臨床試験機構=和田洋巳理事長)は、がん分野の医師主導試験の支援組織である。設立されたのは1999年10月。設立目的は、「疾病の診断、治療及び予防に関する臨床試験、特に多施設あるいは多国間で共同して実施されるランダム化比較試験を支援する」とされている。


  対象は新薬、既承認薬、放射線治療の集学的治療に関する臨床試験。抗がん剤の開発・製造企業の資金的支援を受けながら運営されてきたが、2011年以後に発覚した降圧剤のデータねつ造疑惑から端を発した利益相反問題の影響を受け、JMTOも最近は医師主導臨床試験の規制が厳格化された影響を強く受ける。 


 一方で、高額化するがん治療薬の適正使用や、患者の状態に応じた治療薬の選択、用量設定など、医師主導臨床試験が高齢化社会を背景とする医療費問題の視点からアプローチする期待が高まる機運もある。JMTOはまさに大きな転換期を迎えている。 


●化学療法の標準化に取り組んできたが


 もともと、JMTOは米国のがん臨床研究グループとの協同研究プログラムの実施からスタートした。米国のSWOG(Southwest Oncology Group)の支援を受ける形で、92年に日米の指導的ながん治療専門医グループの相互交流プログラムを開始し、部位別10領域をテーマに日米臨床試験会議を行ってきた。


 JMTO結成に発展したのは、98年の6回目会議で、進行性非小細胞肺がんのランダム化比較試験の提案が行われたこと。このとき、日本側の大規模で国際的な臨床試験を支援する受け皿はなく、日本側の当時の主要メンバーによって設立された。現在は、一般社団法人。現在、JMTOが扱う腫瘍、がん領域は12。


 現在では、ほぼ年間10件以上のトライアルが走っている。例えば、16年度をみると、第Ⅱ相では、未治療進展型小細胞肺がんを対象にしたアムルビシン/イリノテカン併用化学療法とシスプラチン/イリノテカン併用化学療法の無作為化、ホルモン不応性前立腺がん患者へのドセタキセルとデキサメタゾンにより併用療法の有効性と安全性の検討などがある。組織発足以来、JMTOの承認してきた臨床試験は2剤併用の化学療法などが主軸で、抗がん剤の効果と安全性をいかにして高めるかに重心があったようなイメージが強い。ある意味、がん化学療法戦略の標準的な姿を模索することが主流にみえる。


 しかし、最近では、至適用量検討や、転移診断の妥当性試験、併用化学療法の予後調査などといった試験や多施設調査などもラインナップされ始めている。特に、設立の契機となった肺がんへの重心から、領域の拡大も進んでいる。腹腔鏡下術後の抗菌剤投与研究などバリエーションも多様化している。


●変化するがん治療戦略への対応 


 ある意味、JMTOの臨床試験が変貌しつつあるのは、社会経済情勢の動きに連携しているとみられなくもない。2025年問題を抱える医療費の爆発的増加予測は、がん治療の現場にも当然のことだが影を落とす。さらに、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害剤など、新たながん治療薬の登場で臨床現場のがん化学療法は大きな変革を要請される一方で、それらの新薬の高額化が、対象患者の選択、それも正確な診断機能を持たせる必然も生み出そうとしている。臨床も、疾病ステージに応じた標準化された治療から、個別化への対応が求められているか、求められる時代が目前にあると言えよう。


 さらに、臨床試験支援機関が当面する課題は、先述した11年以後に続発した利益相反関連の不祥事を契機に、厚生労働省が臨床研究を審議する倫理委員会の要件を厳しくするなどのアゲインストの風。JMTOも17年に倫理委員会運営規定を改訂しているが、基本的に臨床試験研究の適正評価は厳格化されることは間違いない。


 JMTOの資金的支援は製薬産業だが、一方で製薬企業はグローバル化が進み、この臨床研究に対する厳格化は、グローバルのメガファーマを中心にした側が求める研究の迅速性を阻害し、企業側の判断に大きな影響を生んでいる。JMTOの転換期は、こうした状況が促すものであり、こうした景色はJMTOだけでなく、国内の臨床研究の現場で、すでに相当にみられるのではないかと推測される。


●患者に寄り添い、コスト低減への意欲も


  こうした環境醸成は、6月に開かれたJMTOワークショップでもその印象を強くした。例えば、既治療進行非小細胞肺がん患者に対するnab-paclitaxel(アブラキサン)の有効性・安全性・至適用量を検討するランダム化第Ⅱ相試験を報告した、日本医科大学の久保田馨氏は、同剤の至適用量は初回治療の標準用量100mg/㎡に対し、70mg/㎡である可能性があると述べた。


  JMTOの理事でもある久保田氏は、昨年発行されたJMTOニューズレターで、「真に最適な用量があるとすれば、最大耐用量(MTD)から『至適用量』を差し引いた部分は、患者に無駄な毒性を与え、社会にも過剰なコストを負担させていることになる」との見解も示している。この、患者への視線、社会的コストに対する関心の深まりが、JMTOの転換期における今後の進路に対する示唆にもみえる。


 また、「がん免疫療法の現状と今後の展開」をテーマに講演した国立がん研究センターの西川博嘉氏は、「がん局所での免疫応答を統合的に検討することで、個々の患者のがん微小環境に十分に配慮した治療開発が必要」と述べ、患者個々の治療戦略を可能にするバイオマーカー開発への期待を示した。西川氏はこのなかで、腸内細菌叢の状態を把握する研究が重要との認識も示したほか、不要な抗生剤の使用にも厳しい意見を付した。


  JMTO理事長の和田洋巳氏も、「4期がんは本当に治らないのだろうか?」という刺激的なテーマで講演し、がん細胞内pHのアルカリと、がん細胞周囲微細環境pHの酸性というpH格差をなくすことが治療の前提だとの持論を展開、「がんが生育する環境を変えて、がんが生育しにくい体内環境を整えなければ、現在の多くの治療があまり有効性を示さないことがわかってきている」として、腸内細菌叢研究の必要性などにも言及した。


  和田氏らの表現から見えることは、新たながん化メカニズムに関する仮説を組み立て、そこに基づく新たながん治療戦略を構築する臨床試験のあり方を提言するようにみえる。根底にあるのは、患者への眼差しとコストを含めた社会医療への貢献。岐路に立つが、その岐路の先に新たながん治療の科学的知見を確立する期待もJMTOは担う。


 【和田理事長インタビュー】



 (JMTOのこれまでと現状について)


  JMTOは過去の20年間、抗がん剤をどのように使えばより有効かという試験を、相当数やってはきた。しかし、ここ数年は分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬など、急速に新薬が登場し、状況は変わってきた。一方で医師主導臨床試験に関しては、一部医科大学の不祥事の影響を受けて、規制が強まっている。


  JMTOも一般市販後抗がん剤の有効性をより高める試験を行ってきたが、この辺りである程度の使命がほぼ終わったかなという印象を持っている。


  今後は、新薬をどうしたら、どう使えば患者にメリットを与えられるか、そこに焦点を合わせていかなければならないと考えている。ただ、製薬産業サイドが望んでJMTOに試験を委託するか、違う形になるのか転換期を迎えていると思う。時代がかなり変わったのは事実だ。 


(医師主導臨床試験の形はどうするか)


  今後も継続する。がん患者がより有効である治療、辛くない治療を模索、探究していくことなる。


  がん患者の体質など個別化した治療につながるがん治療、あるいは患者の体質を変えることでより治療を有効にするというような戦略に適った試験が必要で、今後、JMTOにもそういった試験が入ってくるのではないか。例えば、腸内細菌叢(フローラ)の研究もまったく手付かずにいる。ただ、世界的にもフローラ判定の検査手法さえできていない。ただ、フローラ研究は必要だし、抗生物質の多用が問題だというのも正しいと思っている。


 (資金はどうするか)


 誰が資金を出すのかは課題だ。JMTOでは医師主導臨床試験は継続したい。ポイントはニーズのある患者の期待に応えるのは何か、効果ある治療を辛くなく受けるということに焦点を合わせることになるのだと思う。そうした臨床試験が組めるかどうか。本来は医師主導臨床試験でやらなければならないが、医薬品産業の企業的立場もある。現在の医療システムのなかで、膨大な医療費がかかるなかでどうしていくのか、知恵を働かせることも必要ではないかと思うのだが、率直にいって難しい課題だ。


 (高額薬の適正使用などもテーマに?)


  チャレンジしていきたい。一例として、患者の体質を変えて治療に臨むという戦略をとった場合、尿をアルカリ化するということもひとつの選択になる。ところが、多くの臨床医はこうしたメカニズムを知らない。効果のある状態をどうしたら作れるかというのが、JMTOの試験として上がってくることに期待している。


  これまでの抗がん剤はたくさん使って死亡したら、その少し下が最大用量になる。それが適正用量かどうかはわからない。適正用量と最大投与量が一致するのかという疑問はずっと続いている。そういうことに徐々に関心は強まっている。現在のがん患者の多くは、第4期のがんは治らないと医師に言われ、一方で死ぬまで抗がん剤を使えとも言われる。


  これでは患者は元気が出ない。治った人がいるといえば、患者の心理は変わる。患者目線で、治療計画が立てられているかどうか、そういうテーマで臨床試験を組んでいかなければならない。疫学的データに基づいて、仮説を立てて臨床試験に入る、そういう作業がこれから必要になってくる。


 (臨床試験の治験薬の高額化について)


  むろん、大きな課題だが、それでも意義を認めて協力してくれていた製薬関係者もいる。しかし、そうした協力関係にも阻害要因が大きくなっている。特にデータ不正事件を契機に医師主導臨床試験に対しては非常に規制が厳しくなり、試験に取り組む前の手続きに膨大な準備作業が必要になってきたことは大きい。倫理委員会も国の認定が必要だとされている側面もあり、JMTOの倫理委員会もその質には問題はないが、数的要件が合わないなどの問題もある。そうすると、JMTOの倫理委を経て参加各施設の倫理委を再度クリアしなければならないなどの煩雑な問題も浮上してきた。


 (前向きなトピックスを)


  新たな方法論の開発として、がんで多発する抗原、酵素、タンパクなどを体内で標識して、カウントする診断薬の開発、これまであまり関心がなかった炎症性物質の検索方法の改善、開発についての研究をJMTOが事務局としてサポートしている。私がこうした関係者にリクエストしているのは、簡単簡便なデバイスであること。PETよりも簡単になるというのは夢かもしれないが、芽はたくさんあると思っている。(幸)