「治験はある意味で理想の世界です。治験結果について私がいつも言うのは、有効性は意味あるデータが示されるが、安全性では意味のあるデータがまったくないということです。なぜでしょうか。例えば100例に治験をして60例に効果がありました。あるいは1000例に投与し300例に効きました。これは60%、30%の有効率があると言えます。ところが、安全性に関しては100例、1000例と検討して副作用が出なかったとしても、たまたま発現しなかったに過ぎません。それを知ったうえで使うか、分からずに使うかが大きな問題になります。(中略)つまり、副作用というのは、治験段階では見つからなくて当たり前なんです」
2006年11月17日に開催されたJASDIフォーラム『医薬品情報とMR』で講演した当時・福井大学医学部附属病院の薬剤部長だった政田幹夫・大阪薬科大学学長は、MRに対して副作用の怖さとPMSの重要性について、このように指摘していた。
12年後の2018年4月、改正GPSP省令(製造販売後の調査及び試験の実施の基準に関する省令)が施行され、ビッグデータを用いた製造販売後調査に基づき、申請資料を収集、作成することが可能となった。
この改正GPSP省令とMRによるPMS活動を考えるために再びJASDIフォーラムが7月21日に都内で開催され、筆者はMRを“応援”する立場として出演した。
トップバッターとして講演したPMDA組織運営マネジメント役の俵木登美子さんによると、従来の副作用報告制度では、▼医師が報告しなければ、副作用の存在そのもの自体わからない▼発生頻度がわからない。他剤との比較、安全対策前後の比較等はできない▼原疾患による症状なのか、「副作用」なのか評価できない――といった“限界”があったが、MID-NETなどを活用することで、▼他剤との比較▼原疾患による症状発現との比較▼安全対策の効果の検証――が期待されるという。
従来の使用成績調査とデータベース調査との“コスト差”はどうなのか。「製薬企業の安全性管理部門から見たビッグデータの活用への期待」について講演した大塚製薬PV部メディカルセーフティー室の滝沢京子さんによると、従来の使用成績調査はPMSモニターやMR稼働費用、データマネジメント費用、医療機関への支払いなど、データ取得のために膨大な人的・金銭投資が必要で、具体的には2億円程度のコストがかかるという。一方、MID-NETなどのデータベースは人的な負担が少ないうえ、利用料も5000万円程度で済むという。
しかし、宮城県立がんセンターのがん専門薬剤師、土屋雅美さんは「データベースの特性や限界を熟知して使用する必要がある」と指摘した。データベース研究の位置づけは、あくまでもシグナル検出(詳細調査が必要な自発報告の発見と調査の必要性の優先順位付け)や仮説の生成であり、その先に症例対照研究、コホート研究があるという位置づけだという。
私は、「顧客は新製品のデメリットをメリットの3倍ほど重視する」×「企業は、メリットをデメリットの3倍過大評価する」という現状維持バイアスの「9倍効果」を紹介したうえで、ビッグデータを利活用することで正しい意思決定を促し、Clinical inertia(臨床的慣性)を改善できるのではないかと話した。
今回の改正GPSP省令をきっかけに、ファーマコビジランス部門との関係を強化し、情報提供から情報収集に軸足を移した活動にシフトすることでMRの存在価値を高められるかもしれない。
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川越満(かわごえみつる) 1970 年、神奈川県横浜市生まれ。94年米国大学日本校を卒業後、医薬品業界向けのコンサルティングを主業務 とするユート・ブレーンに入社。16年4月からは、WEB講演会運営や人工知能ビジネスを手掛ける木村情報技術のコンサナリスト®事業部長として、出版及 び研修コンサルティング事業に従事している。コンサナリスト®とは、コンサルタントとジャーナリストの両面を兼ね備えるオンリーワンの職種として04年に 川越自身が商標登録した造語である。医療・医薬品業界のオピニオンリーダーとして、朝日新聞夕刊の『凄腕つとめにん』、マイナビ2010 『MR特集』、女性誌『anan』など数多くの取材を受けている。講演の対象はMR志望の学生から製薬企業の幹部、病院経営者まで幅広い。受講者のニーズ に合わせ、“今日からできること”を必ず盛り込む講演スタイルが好評。とくにMR向けの研修では圧倒的な支持を受けており、受講者から「勇気づけられた」 「聴いた内容を早く実践したい」という感想が数多く届く。15年夏からは才能心理学協会の認定講師も務めている。一般向け書籍の3部作、『病院のしくみ』 『よくわかる医療業界』『医療費のしくみ』はいずれもベストセラーになっている。