ゲンチアナは日本人にはあまり馴染みのない植物である。根を苦味健胃薬として使用し、有名な一般薬 (OTC) の胃散にも配合されているが、ゲンチアナの植物体は日本に野生しないし、薬用植物園でもよく整備されたところにたまに植栽されている程度しかお目にかからない。このゲンチアナの生薬生産現場を見て来た。場所はフランスである。生産現場といっても栽培しているのではなく、野生品を計画的に採集している現場であった。開花は6月から7月の1週間から10日間ほどで、天候や気温の具合でその期間は当然前後するわけだが、筆者は幸運にも今年の花期のその一番いい時期に見ることができた。


 


  ゲンチアナはヨーロッパ原産のリンドウの仲間で花色は黄色。ここまでは一般的な生薬の教科書からでも得られる知識である。リンドウの仲間というのでなんとはなく植物の大きさも日本のリンドウくらいか、と思っていたが、実物を見てびっくり、立派なものは花穂のてっぺんの高さが1メートルを優に超えるような大きさである。花茎の太さもたいしたもので、直径1センチは普通サイズである。そんなガッシリした花穂が1本あるいは2、3本も根生葉の間から真っ直ぐに天に向かって咲きあがっている。そんな株が場所によって密にまた粗に棲息している、それがフランスの生産現場であった。


  


 しかしよく見ると花穂が上がっていない根生葉だけの株も其処此処にある。生産者に訊くと、ゲンチアナに花穂が上がるのは株が10年生以上になってから、しかも、毎年ではなく2年に1回ずつ花が上がるそうである。そして根を収穫するのは主に20〜25年生ほどの太いもの、なのだそうだ。初めて花を咲かせるまで10年-道理で花穂が太くてしっかりしているわけである。


 


  こんなペースであるから、その生産計画の時間軸はひどく長い。また収穫に際しては、一定の範囲(集団)を決めて株を選びながらひとつひとつ手掘りで収穫する。収穫するエリアは、三圃農業よろしく、1度収穫すると数年から10年近くの養生期間を設けるため、毎年あちらこちらに移動する。例えば、花穂が4本上がっている20年生以上と思われる株を掘り起こして収穫しながら、すぐ横にある10年ちょっとと思われる、花穂が1本だけの株は、次回その場所を収穫する5年以上後の収穫のタイミングまで触らずに置いておき、また、根生葉だけの株はその15年後を考えてやはり触らずに置いておく。30代後半くらいの年齢と思われる生産者が今収穫しているゲンチアナは、彼が小さな子供の頃に、彼の父親が今の彼と同様に選んで残した株なのである。


  


 収穫したゲンチアナの根は、生産者の農場の傾斜地に広げて1ヶ月ほどかけて乾燥させてから、専用の倉庫に1年間ほど保管して熟成させ、それから出荷する。最近は、機械乾燥して収穫後1ヵ月ほどで出荷する生産者も現れたそうだが、仕上がりの生薬ゲンチアナ根の品質は両者でまったく異なっており、じっくり乾燥・熟成させないと、ゲンチアナ根の内部組織が特有の黄〜橙がかった黄色にはならないし、また柔軟性を残したまま乾燥した状態に仕上がらないそうである。 



  急がない、焦らない、20年後の採集を見越した収穫計画であるから、栽培には向かない生薬、それがゲンチアナのようである。ゲンチアナの採集は、採集の権利を土地の所有者から買って行われる。収穫と収穫の間の数年間、つまりゲンチアナの養生期間はそこは牛の放牧エリアであり、牛の糞が良い肥料となる。牛がゲンチアナの葉や茎を食べることもあるが、根こそぎ食べることはないので共存が可能なのである。他方、最近は羊を放牧する農家が現れ始めており、羊は植物を根こそぎ食べるので、養生中の若いゲンチアナばかりでなく芽生えたばかりのゲンチアナも残らず食べられてしまうため、羊を放牧した場所はもう2度とゲンチアナの生育場所には戻らないのだそうである。


  微妙な生態系バランスの上に、現代社会には不似合いな長い時間軸で、計画的に生産されるゲンチアナ根。どうか絶滅の淵に追いやられませんようにと祈るばかりである。 


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。