第Ⅳ期のがん患者の劇的寛解例から学ぶことを基軸にがん治療に挑む「日本がんと炎症・代謝研究会」。前回はアルカライン・ダイエットなど、研究会代表の和田洋巳・元京大教授(現からすま和田クリニック院長)らのアプローチ全体を紹介した。今回は、6月に開かれた第5回学術集会から、いわゆるアルカライン・ダイエットの科学的根拠を探る研究について、眺めてみる。 


●TMEとは何か 


 6月の学術集会で和田氏は、「TME・がん周囲微細環境を変えればがん治療は効いてくる」をテーマに基調的な講演を行った。まず、その内容からアルカライン・ダイエットに迫ってみよう。


  和田氏は、「がんは代謝疾患。生活習慣に強く関係する。このことをがん臨床医が一番わかっていない」ことを強調する。同氏によれば、がん患者の食生活には共通した特徴があり、男性は飲酒、肉食、タバコが好きで、飲酒後の下痢軟便がみられる。一方、女性は洋菓子系の甘いものが好きで便秘気味だ。むろん女性も最近は酒好きな人が増えた。「このような食生活をすると、腸内細菌叢が変わり、代謝された胆汁酸が発がん物質を産生し始める」(和田氏)。 


 がんはなぜできるか。代謝疾患・生活習慣に関係して、体内の慢性炎症が起こり、その場で自ら独力で生きることを余儀なくされた細胞が「がん」ではないか、がんはすなわち「自分でつくったもの」というのが仮説の出発点だ。慢性炎症部での上皮の脱落と修復が次第にがんを発生させる。がん細胞は、好気的条件でもグルコースから乳酸に持続的に代謝が行われることがわかっている。前悪性病変における断続的低酸素症へ適応し、がん細胞内に多量のH+イオンを発生、これを細胞外に排出するとき、がん周囲が酸性化してくる。むろん、こうした研究はいくつかの仮説を前提にしている。


 この「がん周囲が酸性化する」状況を、腫瘍周囲微細環境(TME=Tumor Micro Environment)という。このTMEには、制御性T細胞、骨髄由来サプレッサー細胞・MDSCs、活性化マクロファージ(M1、M2)、機能障害性樹状細胞、好中球、免疫炎症性細胞、血管新生細胞、腫瘍随伴線維芽細胞、浸潤性免疫細胞などの細胞が存在している。腫瘍から信号が出て、周囲にいる腫瘍随伴性マクロファージや骨髄由来抑制細胞などがキラーT細胞を抑える。この環境で、分泌される活性酸素、プロスタグンランディンその他のサイトカインは腫瘍が活性化することを支える。こうした場をつくるのが線維芽細胞で、その環境は酸性pHで維持される。


  こうした一連の原因や背景によって、腫瘍の微小環境は酸性となり、がん細胞の増殖、遊走、浸潤、転移、など様々な作用を行うが、この応答分子メカニズムがほとんど理解されていないのが現実だ。


  こうしたことを結論的に眺めると、がん細胞内pHをアルカリに保つ必要がある。細胞内pHが上昇し、酵素NHE-1が活性化すると、①悪性転換②細胞増殖、細胞分裂周期上昇③遺伝子異常、がん遺伝子発現④増殖因子活性化⑤解糖活性上昇⑥DNA合成活性化⑦細胞移動活性化⑧血管新生活性化⑨転移能上昇⑩多剤耐性遺伝子活性化――などが生じる。和田氏は、抗がん剤治療を行った場合、がん細胞が薬剤耐性になる機序もこれらで説明できるとしている。このような機序を利用して、TMEのアルカリ化を図ると様々な治療がより有効になる――ことが、アルカライン・ダイエットの有用性の根拠となる。


 ●徐々に広がる関心と期待 


 和田氏は、「米国では95年以後にがん死亡率が減り始めている。多くの人が健康維持のために代替医療を利用しているが、がん治療の一環にも代替医療を組み込む臨床現場が増えてきている」という。実際、95年以後のがん死亡率の低下傾向は、75年に出されたマクガバンレポートによって、高脂肪・高タンパクの摂取量制限と、野菜・果物摂取の増加を勧めたことが、20年後に結果に表れたようにみえる。日本では、がん死亡は一貫して右肩上がりで増加し、死亡率トップ。 「体内でアルカリ化を進める食事を切り替えれば、治療効果を上げることが期待できる。アルカリ性食品、特に野菜と果物の摂取は、免疫力を上げる。体にあまりダメージを与えないくらいの抗がん剤治療を行いつつ、薬で補えないときには必要なサプリメントを摂るようにすれば、かなりのがんの勢いを止めることができ、長期的に寛解に導くことができるのではないか」(和田氏)。


  6月の学術集会では、東京の「みらいメディカルクリニック」の医師、浜口玲央氏がアルカライン・ダイエットとがん治療に関する総合的な観点を示した。それによると、TMEのアルカリ化は治療戦略のひとつだと考えられることを取りまとめとして報告。「様々な動物実験や、インヴィボ・インヴィトロスタディにおいて、バイカーボネート(二重炭酸ソーダ)の投与が腫瘍周囲をアルカリ化し、転移抑制や抗がん剤の感受性増加、免疫効果の改善効果が示唆されている」とした。


  そのうえで、「一方で、食品はpHに影響を与えることが報告されており、野菜・果物が多く、肉類・乳製品の少ない食事はアルカリ化食(アルカライン・ダイエット)として、尿pHのアルカリ化に寄与することがわかっている」を前提に、いくつかのこれまでに行われた症例報告や、からすま和田クリニックにおける後ろ向き研究などを報告した。今後は、がん治療患者における野菜・果物の摂取の目安などが具体化することが期待されるが、前回紹介した「和田屋のごはん」が現状では有力なヒントだ。


  アルカライン・ダイエットは、がん治療の新たな潮流だが、その具体的内容はこれまでの化学療法をはじめ、標準的な治療計画よりコスト面でもメリットが大きいことへの期待もある。劇的寛解例に学びつつ、標準がん治療の膨大なコストを縮小させるチャレンジにも映じる。さらに、この研究会のトライアルは、代替医療という日本では顧みられるチャンスの少なかった療法を、スタンダードな印象に転換する効果も期待できるのではないかとも思える。  京都大学では、アルカライン・ダイエットに注目したケースコントロール・スタディも始める予定が伝えられている。すでに同大学の倫理委員会もクリアした。関心を寄せるマスメディアも現れ、この秋には新たな展開があるかもしれない。(幸)