9月4日に近畿地方を襲った台風21号は大きな災害をもたらした。なかでも象徴的なのが関西国際空港だ。空港島は完成後、地盤沈下が問題になっていたから、高潮で滑走路が水浸しになるだろうとは予想されていた。だが、最大の問題は空港を結ぶ唯一の連絡橋にタンカー、宝運丸(2591トン)が衝突し、連絡橋を壊したことだ。おかげで空港に8000人が取り残されたばかりでなく、復旧には数ヵ月以上の時間がかかる。むろん、損害額は100億円を超えると見られている。
宝運丸は「3日に航空燃料を運んだ後、空港の南2.2キロの沖で投錨して停泊したが、暴風に流されて連絡橋に衝突してしまった」と言っている。原因解明は今後、海難審判が行われ、明らかになるのだろうが、海上保安庁は海上重要施設の空港島から5.5キロ以上離れるように指示を出している。宝運丸の衝突事故は自然災害ではない。人災である。オペレーターの怠慢による事故である。
そもそも今年最大の大型台風で、中心気圧が950ヘクトパスカルという強い勢力のまま接近。紀伊水道を通り、大阪方面に向かっているという気象情報のなかで航空燃料を運ぶ必要があるのか。台風の接近で関空を発着する航空機は軒並み運休しているのだ。航空会社にとってはジェット燃料を積み込むどころではない。航空燃料は台風通過後の翌日に運んでも問題がない。オペレーターは台風を避けるために、外洋に出るのは無理だろうから広島や門司港方面にタンカーを移動させるべきものなのである。
現にアメリカでは今、カテゴリー4のモンスター・ハリケーン「フローレンス」がノースカロライナ、サウスカロライナ州に向かっているという海洋気象情報に米海軍は空母や駆逐艦十数隻を北に移動させた。税金でつくったということもあるが、軍艦でさえハリケーンを避けるのが当たり前なのである。
にもかかわらず、台風が接近するなかで航空燃料を下ろした後、台風の進路の真下に停泊させるという行為は無謀を通り越してバカだと言うしかない。
これと似た事故は過去に起こっている。1970年1月31日、台風ではないが、台湾付近で発生し、急速に発達する「爆弾低気圧」で貨物船が沈没、乗組員15人が亡くなったという事故である。経験したのは、いま誰もが知っているウェザーニュース社の創業者でもある故石橋博良氏である。彼のことを書いたのは昭和50年代半ばで、当時、彼は「オーシャンルーツ」日本法人の社長だった。彼は大学卒業後、安宅産業(現・伊藤忠商事)に就職し、木材部に所属していたとき、アメリカから北米材を輸入したとき、目的地の大阪港の荷下ろしが渋滞し10日間の待機が必要という状況だったことから、福島県小名浜港に入港するように指示した。オペレーターとしては当然の指示だったが、貨物船が小名浜港に投錨し、船長が上陸手続き中に台湾付近で発生した低気圧が襲来。貨物船は転覆し、15人が死亡する事故が起こった。
この事故は各紙一面トップに載ったから年配の人は記憶にあるはずだ。当時は爆弾低気圧という言葉はなかったのだが、石橋氏は「責任はオペレーターである自分にある。あのとき、貨物船を入港させず、沖合に退避させていたら事故は防げた」と商社を退社。ちょうど日本法人を設立したばかりの米民間海洋気象会社のオーシャンルーツに入社。じきに社長に就任するのだが、動機は気象情報の重要性を痛感し、二度と同じ事故を起こさせないためだったと語っていた。海洋気象はどこの国も海軍が最も進んでいる。オーシャンルーツは民間の海洋気象専門会社だったが、彼は陸上の気象情報に進出し、さらに本体も買い取って現在のウェザーニュースに成長させた人物だ。
この小名浜港の事故とウェザーニュースの経歴を民間人が知らなくとも、専門家であるオペレーターや船長は知らないでは済まない。知らないとすれば、勉強不足であり、オペレーター、船長の資格はない。爆弾低気圧を上回る勢力の大型台風が来る進路にタンカーを停泊させたオペレーターが関空を運営するPFI会社なのか、船会社なのかは明らかにされていないが、この連絡橋衝突の責任は一にオペレーターにある。さらに船長もオペレーターに意見具申し退避行動を取ろうとしなかった責任がある。
関空は民間会社であるにもかかわらず、PFI事業として民間会社に請け負わせ、さらにPFIが別会社に実際の空港運営をさせているという複雑な構成が責任の所在をあいまいにしているが、どちらにしてもタンカーの事故は自然災害ではなく、人災である。(常)