今年5月12日。大阪市の通称・グランキューブ大阪、大阪国際会議場ではTCIF2018が開かれていた。TCIFはTrans Catheter Imaging Forumの略。NPO法人日本血管映像化研究機構(児玉和久理事長)が主催する全国的研究組織のフォーラムである。


  会合2日目のこの日のセッションの冒頭、児玉理事長は「コレステロール・クリスタルを今年の流行語大賞にしたい」と語った。会場に集まる専門家に向けたジョークだが、この言葉に血管映像化研究機構の現在の立ち位置、当事者に深まる確信と臨床世界の認知の遅さのギャップに対する苛立ちが込められている。


●自発的に破たんした粥種 


 この研究組織を簡単に紹介すると、日本が世界をリードしてきた内視鏡など光ファイバー技術を使った冠状動脈内腔の独自の直視的観察技術開発を通じて、その技術を大動脈にまで広げ、治療技術だけではなく多様な疾患の先制的医療や、予防医療、老化のメカニズム解明まで迫ろうという取り組みを続けている、という説明になるだろうが、むろんそれで片付く世界ではない。奥深いが、知られていない。


  児玉氏らは1988年、世界初の「血流維持型血管内視鏡」を開発して、米国心臓協会(AHA)国際会議で発表した。以来、これまでに冠動脈内観察は4万例を超え、5年前に開発されたデュアル・インフュージョン方式の内視鏡開発で、大動脈の内腔観察も1800を超える症例に施行されている。有名人の突然死の原因としてときおり騒がれる「大動脈解離」、「大動脈瘤破裂」も、この観察で事前にマークすることも可能になり始めている。


  グループが最近発表した論文から、その観察所見のメカニズムを要約すると、大動脈内の粥状(プラーク)動脈硬化症は若年時より発生し、年齢とともに進行し、その粥種は頻繁に自発的に破たんを繰り返し、構成物を含む微細な結晶状物質が動脈血に飛散、浮遊し末梢臓器に至る様子が報告されている。この「微細な結晶状物質」が、学術研究の場ではその印象に違和感を生み出す「コレステロール・クリスタル」なのだ。


 12回目となる5月のTCIFでは、血流維持型内視鏡画像で撮影された動画によるビデオライブ症例が多数紹介された。どの画像にも、大動脈内の粥状硬化物が破綻し、遊離し、バラバラになって飛散する様子が鮮明に映っていた。コレステロール・クリスタルはTCIFに集まる臨床医には見慣れた光景だが、一般の臨床医の教科書には増え始めてはいるが、まだ記載は少ない。  当然、専門家ではない筆者も初めて聞く名称。取材当初は大きな戸惑いがあった。クリスタルというだけに、映像では、遊離していく結晶がキラキラと光る。光り方や遊離時の色彩・形状を区分して、さらに「シャンデリア・サイン」、「ストロベリー・サイン」などクリスタルにもいくつかの呼称がつけられていた。呼称はフルーツ、洋菓子風を中心にかなりの数に上る。


  文科系の出身である筆者は当然のことながら、半分も理解できない専門用語が頻出する学術取材はできれば敬遠したい苦手な分野だが、クリスタル、シャンデリア、ストロベリーなどという派手な言葉を聞くのは記憶がない。


●広がり始めた臨床世界 


 冒頭の児玉理事長のジョークは、専門家にもこうした経験が少ないことを示しつつ、臨床世界でもあまり認知されていない大動脈血管内視鏡技術の有用性を広めたいという期待を込めたものだ。


  大動脈で破片化したクリスタルは、ほかの分枝動脈(冠動脈、頸、脳、四肢)に飛ぶ。この観察を通じては、脳ではこれが微小血管に飛んで小脳梗塞の原因になるのではないかという仮説も報告されている。認知症は60%がアルツハイマー型で、20%が血管性とされているが、無症候の脳梗塞がアミロイド蓄積など(?)と相乗して認知症となる、合併型の認知症の可能性も検討されるべきだという議論も始まる気配がみえる。クリスタルはほとんどが100ミクロン以下だが、脳微小毛細血管はそれより径が小さい。それによって、小さな梗塞が起こるが無症候であることも多いというのが仮説。


  認知症の新たな機序として説得力は十分だが、5月のTCIFでは「少し飛躍した考え方ではないか」との反論もあった。しかし、そのエビデンスを求める研究が加速することへの期待が膨らみつつある。


  実際、こうした情報が発信されるにつれ、最近では児玉氏らのグループに参加する研究者は、循環器領域から拡大、多様化する傾向が生まれている。脳神経外科、放射線科、眼科などの専門医も参画し始めている。


●日本の工業技術が安全性確保へ


 少しずつ認知が進み始めた背景には、日本のファイバー・カテーテル研究開発者が生み出した独自の技術が安全性を確保したことが大きく存在している。血管映像化研究機構がスタートしたことも、その技術開発が寄与するが、90年代に実現した「完全阻血を避けた6000画素、非閉塞式部分阻血型の血管内視鏡」の開発がそれ。この非閉塞式部分阻血型カテーテルに対して、米国では血管閉塞式の「ベック・ムーバー型血管内視鏡」が開発された経緯があるが、併発する虚血により安全性が確保されず臨床使用は禁止されている。


  内視鏡カテーテルは基本的に極細の石英ファイバーで作られる。透明度の高さがその特徴だが、もともとこの石英ファイバー技術はカメラメーカーなど、日本企業の得意分野。径0.7㎜、6000画素の血管内視鏡が、そうした環境から開発された。画素数は、その操作性、耐久性などの観点から6000が選択されている。


  今年5月のTCIFで基調講演した児玉氏は「我われは世界で初めて汎用性血流維持型血管内視鏡を開発し、生体における大動脈の実働画像を観察してきた」と実績をアピールした。その成果として、大動脈には夥しい数、量の粥状硬化病変が認められたこと、粥状硬化は若年から発生し経年的に進行すること、他の分枝血管より早期に発現し、最終的には自発的破綻を起こすことなどが明らかになったことを改めて強調した。


  自発的破綻の後は、多量の塞栓因子であるDebrisと大量のコレステロール結晶が動脈内へ遊離、浮遊する。しかし、それらの病原性の究明は今でも皆無の状態だ。この技術で、臨床的には腎、皮膚、網脈動脈などでCCE(コレステロール・クリスタル塞栓)が頻繁に報告されているものの、病態解明への役割はこれからといえる。


  ただ、シャンデリア・サインとも呼ばれる微小塞栓子が引き起こすCCEの確認は、これが分枝血管(冠動脈、頸動脈、脳動脈、四肢動脈)に飛ぶことで、さまざまな循環器系疾患を引き起こすというのが、現状の見立てだ。成果への期待は先制医療と早期発見。とくに前述した認知症、糖尿病、眼科疾患などの生活習慣病対策の切り札となる期待は強い。


  最大の課題は、繰り返しになるが、一般の循環器内科医に同技術に対する関心が不十分であることだ。実態は臨床の世界での認知度は今ひとつ。TCIFではシャンデリア・サイン、クリスタルを発見するために、「カテーテル検査室には顕微鏡装備を」と訴える専門家もあった。果たして、「コレステロール・クリスタル」は医療界での流行語大賞を獲得できるだろうか。


  次回は、血管映像化研究機構の児玉理事長と、臨床の第一人者である小松誠・大阪暁明館病院心臓血管病センター長のインタビューで、将来展望などを聴く。(幸)