9月12日、ロシア、ウラジオストックで開かれた東方経済フォーラムの壇上で、ロシアのプーチン大統領が「今、思いついたことだが」と言って、突然、「前提条件を一切付けず、(日本とロシアが)平和条約を結ぼう。それも年内にだ」と発言した。ロシア人が圧倒的に多い会場は拍手に包まれたなかで、安倍首相は苦笑いを浮かべただけだった。


  プーチン発言直後に安倍首相が反論したのではないかと思ってテレビを見ていたが、何も言わなかったようだ。菅官房長官が記者会見で日本の従来通りの考えを語ったが、安倍首相がプーチン発言直後に何か発言したのかは、政治記者の質問がなかったせいなのか、何も語らなかった。その後の報道ではプーチン発言に安倍首相は苦笑いしただけだったようだ。


  この事態は看過できない。欧米の発想では思いつきであろうがなかろうが、大衆の前で「一切の前提条件なしで」というプーチン発言の直後に、ジョークを交えて反論しなければ、聴衆はプーチン発言が正しいと思ってしまう。安倍首相が即座に反論しなかったことは、「日ロの平和条約締結交渉でゴタゴタ前提条件を付けているのは日本側だ」という印象をロシア国民に持たせた。北方四島問題を知らないロシア以外の欧米人も「日本の首相が何も言わなかったのだから、日ロの問題はプーチンの言う通りなのだろう」と思い込んでしまう。


  安倍首相も政府も「正式協議での取り決めでない限り、正規のものではない」という発想だが、この発想は真実であっても欧米では通用しない。大衆に訴えて味方にしたほうが勝ちである。ダボス会議でもそうだが、この手のフォーラムでの発言は出席した各国のリーダーたちの態度に影響を与える。即座に反論しないことは相手、つまり、プーチン大統領の発言を正しいと認めたことになる。日本の常識は世界の非常識なのだ。


  安倍首相は帰国後、自民党の総裁選で「5年間の外交の成果」を強調したが、フォーラムでプーチン発言に苦笑いではどう見ても外交の失敗だ。


  あのとき、即座に「北方四島の返還は基本問題だ。『クリミア半島の帰属が歴史的事実』と言うのなら、北方四島を歴史的事実に基づき日本に返還するという基本問題さえ解決すれば、年内と言わず、クリスマスまでに平和条約を結べるだろう。(プーチン)大統領ならそれができる」くらいのことを言ってほしかった。さもなければ、ロシア人に日本が言うことは一理あると思わせることはできない。


  いま、欧米の経済制裁を受けているロシアは国際情勢も経済情勢にも厳しく、外交交渉は日本に有利な状況なのに、またまた北方四島返還が遠くなったような気がする。(常)