米トランプ政権は24日、中国からの輸入2千億ドル(約22兆円)分に追加関税「第3弾」を発動した。知的財産への侵害を理由にしたものだが、中身は通信機器やコンピューター部品だけでなく、大量に輸入されている家具や椅子などの生活用品も含まれている。これで対中高関税は第1弾の340億ドル、第2弾の160億ドルと合わせて2500億ドルに上り、中国からの全輸入額の半分に相当する。もっとも、年内は関税の上乗せ幅を10%に留め、来年1月から25%に引き上げるとしている。日用品、消費財が含まれていることから国内のクリスマス商戦を思いやったかのようでもある。


 もちろん、中国は報復措置を取ると明言している。第3弾の追加関税を課せば、600億ドル相当の輸入品に対し25%の高関税をかけると言っているし、さらにプラスアルファの対抗措置をとると見られ、泥沼の貿易戦争になると騒がれている。


 しかし、この“貿易戦争”は最初から勝負がついている。アメリカの中国からの輸入額は中国のアメリカからの輸入額の倍もある。アメリカが課す高関税に対抗していっても、途中で足りなくなってしまう。


 いま、世界で対中貿易戦争を起こして勝てるのはアメリカだけである。日本も対中貿易は赤字だ。余談だが、日本の貿易統計発表でマスコミは日米貿易については輸出額と輸入額を記し、「何億ドルの黒字」と報道するが、中国との貿易ではどういうわけか、輸出額、輸入額別の金額を示さず、輸入額と輸出額を合わせた「貿易総額」だけを報道している。対中貿易赤字があるからといって日本はトランプ大統領のように対中貿易戦争をできるかと言えば、できない。日中が貿易戦争すれば、その間隙を縫ってドイツ、フランス、イギリスなどが「シメタ」と対中輸出を拡大するし、アメリカ企業も対中輸出を増やす。EUが対中貿易戦争をしても同じだ。日本企業とアメリカ企業が輸出を増やすだけである。


 結果、対中貿易戦争を起こして勝てるのは超巨額の対中貿易赤字を抱えているアメリカしかいない。米中貿易戦争に乗じて日本やECが対中輸出を増やそうなどとすれば、アメリカ政府から「アメリカとの貿易を取るか、それとも中国を取るか」と迫られるのは必至だ。マスコミは「対中貿易戦争でアメリカ国内ではスマートフォンをはじめ、日用品、雑貨など生活用品が値上がりし、庶民の生活に影響する」と伝える。これは事実だ。だが、それは当初の1~2年だろう。スマホは数年おきに新しい技術を組み込んだ機種が登場する。新しい機種はアメリカ国内でつくることになり、少々、値段は高くなるだろうが、新機種に飛びつく人は多いからそれほど問題になるとは思えない。そもそも、アメリカは高度に発達した工業国であるとともに世界有数の農業国でもある。資源・エネルギーから食糧まで輸入に頼る日本と違い、アメリカは国内にあらゆる資源を持っている。完結型の国なのである。従って、巨額の対中貿易赤字を看過できないとトランプ大統領が激怒した以上、中国が対抗しようと思ってもできない。


 世上、「米中の貿易戦争」とされているが、アメリカの方針は単なる貿易戦争ではない。中国の領土拡大、一帯一路に代表される膨張主義を叩くための“制裁”である。トランプ政権発足直後に中国叩きで知られたバノン氏を政権中枢に据えたことがあったのを見ても、トランプ政権の発想がわかるはずだ。加えて、アメリカの国内景気は上昇中だし、上下両院は共和、民主両党とも中国への制裁に賛成している。中国は四面楚歌なのである。


 だが、中国の習近平国家主席(総書記)は見誤った。ボーイングの旅客機を100機も購入し、トランプ大統領の支持基盤の地域から大豆を大量に輸入すれば、解決するだろうと安直に考えていたようだ。さらにアメリカからの輸入品に同じ高関税をかけて対抗すれば、トランプ政権は対中追加関税を引っ込めるだろうくらいに考えていたフシがある。


 今の中国は米中貿易戦争で為替相場は元安に振れ、上海の株価も下落。景気は陰りを見せ始めている。加えて、国内で習近平独裁に反発する人たちが声を上げている。こんな状況下でアメリカに屈服することになれば、国内に反乱が起こりかねない。国内向けの政策としてアメリカからの輸入品に高関税をかけて対抗しているにすぎない。実態は効果的な対策がなく、頭を抱えていると言っていい。 


しかも、第4弾の対中関税を課すようなことになれば、中国の政治経済が行き詰まることが予見される。つまり、中国は対米貿易黒字で稼いだ金でアフリカや太平洋の島嶼国に多額の経済援助を行い、債務超過に陥らせて代わりに基地をつくり、支配下に置く政策を進めている。一帯一路も同じだ。インフラ整備でヨーロッパへの輸出を計画したものだが、そこには途中の国に援助を通じて支配下に置く構想が透けて見える。この一帯一路を支えるのも貿易で稼いだドルである。アメリカとの貿易戦争で儲けることができなければ、一帯一路も頓挫しかねない。


 もちろん、資金調達には国債発行もあるが、中国の国債発行額は日本と同程度の1000兆円近い。日本の倍のGDPがあるから問題にならないだけだが、国債増発ということになれば、国内経済は混乱するし、富裕層の資金が国外に逃げ出すことも予想される。習近平政権は崖っぷちに立たされている。


 もっとも、日本も対岸の火事と見ているわけにはいかない。日本は中国に次いで対米黒字を稼ぎ出しているのである。当然、中国の次には日本が標的になるだろう。しかも、アベノミクスで超低金利政策をとっている。これは政策的に円安をつくり出しているのである。円安で輸出企業が多額の儲けを出し、巨額の内部留保を抱えている。安倍首相がトランプ大統領と親しいといっても個人的友人関係と国家政策とは別ものだ。前回の訪米では、イージスアショアを2基購入する密約をしたともいわれ、日本批判をかわしたが、これからは大量の武器と食糧を買う約束をさせられる羽目になるだろう。それだけではない。アメリカへの輸出が難しくなった中国が過剰生産品のダンピング輸出に走る懸念がある。安倍政権の行く手には政治、経済ともリスクだらけである。(常)