先日、女優・三田佳子の次男が、覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕された。今回が4度目の逮捕。ほぼ同じタイミングで刊行された『薬物依存症』は、薬物依存症の患者が生まれる背景、薬物のメカニズム、薬物依存症の歴史、回復支援のあり方を知るうえで格好の一冊である。なお、ここでいう「薬物」とは、麻薬や覚醒剤、危険ドラッグなど、依存性の薬物を指す。


〈薬物依存症について多くの方が「怖い」「だらしない」「意志が弱い」「ダメ人間」「快楽主義者」「反社会的組織の人」などのイメージを持っている〉だろう。冒頭のニュースに触れて、同じような感想を持った人は少なくないはずだ。


 だが、本書を読んでいけば、そのステレオタイプな認識は改まる。多くの薬物依存症の患者を診てきた著者は、〈意外にも、薬物依存症者のなかにはワーカホリック気味の人が多いように思うのです〉。〈彼らは自分を周囲に認めてもらうために薬物を使いながら仕事をし、それによって得た報酬の大半を薬物の購入に注ぎ込む〉という。確かに先立つものがなければ、薬物を買えない。


「つながり」を得るために薬物に手を出す孤独な人も多い。〈薬物使用が本人にもたらす最初の報酬とは、快感のような薬理学的な効果ではなく、関係性という社会的効果〉である。薬物は他者や社会とつながるためのツールというわけだ。


 考えてみれば、酒やたばこも最初から「おいしい」と感じた人は少ないはずだ。親しい先輩や仲間から勧められ、酒宴や喫煙の場の雰囲気を楽しむうちに、うまいと感じるようになったのではないだろうか。


 一方で、薬物によってもたらされる依存性によって、人の脳と心は“ハイジャック”される。薬物を摂取することを快感として記憶されると、その行動は〈脳内に保存され、刻印付けられ〉る。


 これは何年も刑務所で薬物を使わない生活を送ったとしても、たまたま薬物を使うチャンスがあると、目先の衝動に突き動かされてしまうような〈体質の変化〉だという。〈薬物依存症とは、「薬物が体内に存在すること」が問題ではなく、薬物を繰り返し使ったことで、その人の体質に何らかの変化が生じてしまった状態〉なのだ。


■変わりはじめた精神科医


 著者は刑罰や規制で薬物問題を解決することの限界を記したうえで、地域や社会のなかで治療していくことを提唱する。


 薬物依存症になり、服役を繰り返すうちに親しい人が周りからいなくなり、〈社会での孤立は確実に深まって〉いく。〈孤立・孤独は薬物依存症を抱える人にとっては、再使用のリスクを高める要因〉となる。〈すでに海外の先進国では、(中略)「刑務所よりも地域で治療プログラムを!」というのが、一般的な認識〉だ。


 そもそも〈今日、国際的には、薬物依存症は再発と寛解を繰り返す「慢性疾患」と見なされて〉いる。逮捕されるリスクを感じると通院しなくなるし、服役すれば治療が中断する。再発を前提としたうえで、「医者に通報されるかもしれない」という不安のない、〈治療の場の安心・安全が非常に重要〉なのだという。


 規制強化は悲劇を生み出すこともある。有名なのが米国で1920~33年に行われた禁酒法だろう。アル・カポネなど、ギャングの台頭により治安が乱れたことはよく知られるところだが、当時、劣悪な品質のヤミ酒を飲んだことで、失明したり亡くなったりした人も多く出ている。


 同じく米国では、1971年から薬物乱用に対して〈辱めと排除の政策〉を始めたものの、〈米国内の薬物消費量は増加の一途をたどり、薬物に関連する犯罪やそれによる受刑者、そして死亡やHIV感染症などの健康被害が激増した〉。その結果などを踏まえ、2011年、各国の元首脳などからなる薬物政策国際委員会は、〈各国政府に向けて薬物依存症者に対しては刑罰ではなく医療と福祉的支援を提供するよう提言をした〉。


 著者がことさら苦言を呈するのが、冒頭で触れたようなマスコミによる〈著名人の薬物事件の過熱した報道〉だ。報道に触れることで、治療を続ける患者の多くが〈「いくら薬物と縁を切っても、社会には自分が戻れる場所なんてないのだ」と絶望的な気持ちになってしまう〉という。


 日本では、刑罰や規制が一定の効果を出してきた側面もある。締め付けの最適解がどこにあるのかもわからない。薬物依存症の患者が何か犯罪を起こせば刑罰や規制はより厳しくなるだろう。本人や家族が当事者ではない人には、「薬物中毒になったのは自業自得」と、地域に薬物依存症の患者が住むことに不快感を持つ人も多いはずだ。センセーショナルな部分だけを切り取るマスコミの態度を改めるのは、容易ではない。マスコミが抑えた表現を使ったとしても、昨今はネット上で暴露されるケースも多い。


 著者の理想とする環境作りは一筋縄ではいかないと思われるが、カギを握るのは医療機関および医師をはじめとする医療関係者だろう。〈薬物依存症は回復できる病気である〉。近年、薬物依存症患者を忌避し、偏見を持っていた精神科の医療関係者の状況が少しずつ変化しているという。「辱める」ための報道ばかりを続けてきたマスコミの変化にも期待したい。(鎌) 


<書籍データ>薬物依存症』 松本俊彦著(ちくま新書980円+税)