生薬として使われる薬用植物には、漢方処方に配合されるだけでなく、さまざまな利用法があるものがたくさんあるが、なかでもハトムギはその多様性がおもしろい。医薬品として使う場合にはヨクイニン(薏苡仁)という名称を使う。脱穀したものをヨクイニン、脱穀していないものをハトムギとして民間薬にするという解釈もあるようである。近年の健康志向で流行の雑穀ご飯にしばしば登場するのもハトムギであるが、こちらは脱穀して使われている


 草姿は、それジュズダマでしょ、とおっしゃる方もあろうと思う。川岸や川の中州に生えていて、この季節に硬く熟した実を集め、真ん中の芯は引っ張るとすっぽり抜けるのでこれを抜き、あいた穴に糸を通して飾り物を作ったりして遊んだ、そのジュズダマという植物と、たくさんあるハトムギの品種の中にはそっくりのものがある。それもそのはず、うるち性のジュズダマから育種した栽培種がハトムギなのだそうで、ハトムギは一般的にモチ性である。またジュズダマは多年生植物だが、ハトムギは一年生のものが多い。さらにジュズダマの実(種子)はセンコク(川穀)という名称でヨクイニンの代用生薬として使われることがある。


 


 日本の伝統医学である漢方ではヨクイニンは消炎鎮痛作用や排膿作用等を期待して処方に配合されている。薏苡仁湯(ヨクイニントウ)のほか、麻杏薏甘湯(マキョウヨクカントウ)、桂枝茯苓丸加薏苡仁(ケイシブクリョウガンカヨクイニン)という処方もある。薏苡仁湯は筋肉や関節の痛みをとる効果が、麻杏薏甘湯もやはり関節痛や神経痛、筋肉痛などに対する効果が期待される処方であるが、他方、皮膚科領域で使われる医薬品にヨクイニン錠というのがあり、イボとりの特効薬としてしばしば処方される。イボ取りを目的とするが外用薬ではなく内服薬である。一般用医薬品(OTC医薬品)としても販売されている。こちらはヨクイニンの粉末だけでできた錠剤で薏苡仁湯の錠剤ではない。最近は、錠剤の漢方エキスもあるためか、ヨクイニン湯とヨクイニン錠が同じものだと勘違いしている医療関係者もあるようだ。要注意である。


 ヨクイニンの基原であるハトムギには多様な品種があり、例えば北タイの少数民族の村などに行くと、大きな黒い粒でもち性のものは穂ごと茹でて手軽なおやつにするし、色とりどりのハトムギとジュズダマをビーズよろしく縫い付けて鞄やシャツの飾りにしたり、ネックレスやブレスレットを作ったりする。手頃な粒の大きさと、真ん中の芯を抜くと糸が通せて天然のビーズのように使えることが、食品、医薬品でありながら、昔から装飾品にまで利用され続けてきた理由だろう。


 


  このハトムギの実は、イネやムギのように1つの穂にたくさんの粒が連なってつく、というよりは、ポロポロ付く感じで花期は長い。紅色の細い糸状の雌しべが先に出て、その後、雄しべの塊が房のように伸びてきて黄色い花粉をだす。自花以外の花の花粉を受けようと別居しているようである。植物は遺伝的多様性を確保するために、このように一つの花の中の雌しべと雄しべが熟す時期をずらしているものが多くあるが、その典型例のひとつと言えるだろう。


 


  ハトムギの名前の由来は、鳩が好んで食べるからという説もあれば、別の説ではたくさん収穫できるので八斗麦(ハットムギ)と呼ばれていたのがハトムギになったとか。確かに、ハトムギやジュズダマの植物体にこの時期、鳩がとまってせっせと実を食べている姿をよく見かける。しかし、麦というには草姿があまり似ていないような気もするし、収穫時期も異なっている。


 他方、ラテン語で表される学名、特に日本薬局方で現在採用されている学名は、Coix lacryma-jobiである。この種小名のlacryma-jobiはラテン語で“ヨブの涙”という意味である。大粒の実と垂れた花序を、キリスト教の聖書に登場するヨブという篤い信仰心の持ち主が試練に苦しんで流した涙に例えた命名である。  文化が違えば同じ植物の姿に対してこんなにも違う名前がつくものなのかと、利用の多様性のみならず、洋の東西での名前の印象の違いをもが印象に残る植物である。


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。