また例によって、醜悪な袋叩きが始まるのか──。シリアで3年4ヵ月、過酷な人質状態に置かれてきたジャーナリスト・安田純平氏の解放が伝えられ、真っ先に脳裏に浮かんだのは、過去何度も繰り返されてきた「自己責任バッシング」のことだった。04年、イラクで人質となった日本人3人が帰国した際には、成田空港に「自己責任」「自業自得」などとわざわざプラカードを掲げる人たちがいた。15年には,ISにとらわれたジャーナリスト後藤健二さんたちが、今まさに処刑されようとする瀬戸際まで、非難や嘲りのネット書き込みが続いた。諸外国にはまず見られない日本独特の黒い風景である。


 今週の週刊新潮には『「安田純平さん」手放しでは喜べない「3億円」の裏情報』、週刊文春には『スピリチュアル妻の猛アタックに陥落した安田純平さんの自己責任』と、例によってその手の大見出しが躍った。彼らは自社の契約カメラマンが紛争地で同じ目に遭っても、こうした記事を書けるのだろうか。


 と、苦々しい思いで記事を読んでみると、両記事ともグロテスクなタイトルの割には、記事内容に驚くほど悪意がない。新潮の場合、新聞やテレビが“美談”として安田氏の解放を報道し、ネットには自己責任論が溢れるが、果たしてどちらが正しいのか、などと中立を装った書き方をしている。「旅券を没収し、二度と出国できないようにしろ」などと非難するコメントだけでなく、「政府から行くなと言われても行く。ジャーナリストとはそういうものだ」と擁護する声も並べている。


 文春はもっと極端だ。4ページの記事に出て来るのは、安田氏をよく知る報道関係者ばかり。見出しと多少重なりそうな部分は、若いころ安田氏が女性によくもてた、ということや、夫人が出雲神社の神秘性にはまっている、というエピソードしかなかった。安田氏本人への非難がましい記述はまるでないのである。 


 いったいこれは何なのだろう。両誌とも世論の風向きを見てバッシングを抑えたのか、あるいは先だっての『新潮45』廃刊問題の教訓から、雑誌のスタンスそのものを微修正し始めているのか。いずれにせよ、タイトルでは右派読者に気を持たせつつ、中身では左からの“ツッコミ”を受けないようにしている。この中途半端さは左右いずれの読者にも、不興を買うのではないか。そんな心配さえ浮かぶほどの意外さだが、ともあれ今回は世論全体にバッシングの嵐が吹き荒れず、とりあえずはよかったと思う。


 ただ、新潮の記事は、新聞やテレビが“美談”として安田氏解放を扱っている、と書いているが、そうは思わない。あるワイドショーで「英雄として迎えるべきだ」という発言があり騒がれたが、これにしたところでコメント全体を聞けば「捕虜となった兵士が英雄として母国に迎えられるのだから、安田氏のようなケースも、敬意をもって迎えられるべきだ」という主旨だったことがすぐにわかる。


 この発言者を含め、今回多くのメディア関係者、文化人らがいち早く、“戦場取材の意義”を強調してみせたのは、言うまでもなくまたしてもバッシングが起こりそうな気配を感じていたからだ。その結果、本人会見後の報道番組では、右派の解説者が新潮とほぼ同じスタンスから「美化もバッシングもおかしい。淡々と彼を迎え、冷静に問題点を分析すればいい」と語っていた。


 意地の悪い見方をするならば、もし今回、数多くの発言者が“予防線”を張らなかったなら、この解説者も新潮も“いつも通りのバッシング”をおそらくしていただろう。そんなタイプの彼らをも“中立的スタンス”に留めたという点で、今回、人々の“予防的発言”は実に効果的だった。


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 三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。