キササゲの花があちらこちらで咲いている。

 

 

  白から薄黄色の多数の小花(といっても十分に大きいが)が巫女さんが踊る時に持つ鈴のような形の花序につく。

 

 春に芽吹いた新葉が十分に展開してから花序があがり、花が咲き始めるので、ボリュームがあって色のコントラストも綺麗である。よく見ると、花序の付け根近くには、黒く細長い、前年の果実がぶら下がったままのことが多い。


本来のキササゲ、クリームの花

古い実と果実、花は眞白で、実はアメリカキササゲとキササゲのハイブリッド


 この細長い果実が、特に緑色の時はササゲ(インゲン豆の仲間)の実のようであるので、“木に生るササゲ”で、キササゲという名前がついたという。


キササゲの果実(サヤの中にタネ)


 しかし、果実がササゲに似ているのは外見だけで、サヤの中には薄っぺらい福笑いの目ピースのような形のタネがぎっしり詰まっている。タネの両端はふわふわの毛になっていて風に乗って飛ばされやすい。この果実の様子からも想像されるように、キササゲは植物分類学的には豆の仲間ではなくて、ノウゼンカズラの仲間である。


キササゲのタネ


 薬用にするのはこの果実である。

 

 日本で使用される生薬は、漢方処方や家庭薬の構成薬のひとつとしてその他の生薬と一緒に配合されることが多く、単味(1種類)で使われることは多くないのだが、キササゲは昔ながらの民間薬として、単味で煎じられるほうが多いようである。

 

 すなわち、さやごと刻んで水で煎じて服用すると、利尿作用が期待できるのである。

 

 一般的に利尿作用は、その延長上にむくみの解消や血圧低下作用などが期待される場合があり、保健のために利用されるハーブティーなどにも利尿作用のあるものが好まれるようだが、キササゲが、使用量は多くはないものの、確実に民間薬として今でも利用実績があるというのは、著者はそのような利尿効果だけを目的としたものばかりではなさそうだと思っている。 

 

 こう書くのは、20年以上の間をあけて、同じことを見聞きしたからである。

 

 それは、腎臓が悪くて透析が必要になるかもしれない状態だけれど、近代医薬品による治療はこれ以上はありません、あとは経過観察です、と病院で言われてしまった人が、藁をもすがる思いでキササゲを飲み始めたら、それ以上は腎機能が衰えずに、なんとかその後を過ごすことができた、というのである。

 

 初めて聞いたのは、自分が学部学生の頃。二度目に聞いたのはつい数年前である。

 

 けっこうな時間を経て、同じ話が重なったことが不思議ながらも妙に事実として重みを持って記憶された。しかし、このような話はエクスピリエンスにはカウントされるのかもしれないが、エビデンスにはなり得ないので、キササゲの効果効能として教科書に記載はされていない。

 

 ここで念のため申し上げるが、生薬などの天然物の効果効能は、服用する人の体質や状態によって大きく変わるので、キササゲのこのような効果が誰にでもあてはまるということではないし、病院などで治療を受けている場合には、指示された医薬品以外のものを利用する際には、それがなんであっても医師や薬剤師とよく相談していただく必要がある。

 

 つまりこの記事が、腎機能が衰え始めた方にキササゲの服用をおすすめするものではない、ということである。

 

 キササゲの花の時期は他の植物と同様とても短いが、その後、ちっちゃいササゲが花のあとに残り、蝉時雨とともに大きく伸びていく。そして秋の終わりに葉が全部落ちても褐色のササゲ(果実)は枝に残るので、冬でもそれがキササゲの木であることは判別できるのである。

 

 知って眺めると、案外、そこここにある大木だったりする。

 

 京都では、梅雨がそばまで来ているなという気配を感じさせる花でもあるのだが、どなたの通勤途中の風景の中にも見つけることができそうな木、なのかもしれない。


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伊藤 美千穂(いとう みちほ)
1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。