サンザシの実が綺麗に色づく季節になった。サンザシは春先の花も華やかで美しいが、果実は大きくて光沢があり、緑の葉が残っている間に色づくのでコントラストが美しい。小型の葉の形もユニークで花も実も鑑賞用にされるため、盆栽や庭木としての方が有名かもしれない。こんなことを書くのは、金沢城の立派なお庭にサンザシの老木を見つけたからである。


 




  サンザシはもともと日本に自生は無く、江戸時代中期に大陸から朝鮮半島を経て輸入されたと考えられている。樹形は幹の太い大木になるのではなく、こんもりと株立ちになる生え方をするのが一般的だと思うが、金沢城のお庭に植えられていたものは梅か桜の木のように立派な幹から枝が伸びていた。かなりの長寿の木と思われたが、お城での生活が華やかなりし頃には、お殿さまも春には花を、秋には実を、鑑賞して楽しんでいたのだろうか。


 


  サンザシの薬用部位は偽果、いわゆる実の部分である。バラの仲間で林檎や梨も同じ構造をしているが、果肉のように見える部分は花托(かたく)とよばれる花の基部が肥厚したもので、学術的に果実とは少々異なる由来なのである。ハマナスやノイバラも同じような実をつけ、ローズヒップと呼ばれて生薬やハーブティー素材として利用される。ハマナスの場合はむしろ実の利用が先で、それが食用になるので“浜に生えるナシ”の意味からハマナシ、それがなまってハマナスになったという説もある。


 



  生のサンザシの実は軽いぬめりけがある林檎のような食感で味は少し甘くて酸っぱい。これを乾燥させて生薬として利用する。啓脾湯(ケイヒトウ)という漢方処方に配合されるほか、さまざまな家庭薬にも配合されてきた。期待される効能は消化促進や胃腸機能改善である。日本で汎用される漢方処方には、胃腸機能を整えることから体調不良を改善していくというコンセプトの配合薬がたくさんあるのだが、サンザシは使用頻度は高くはないが、同様の処方意図で配剤されるようである。


 サンザシはまたゼリーのような、あるいは羊羹状の菓子にされることも多く、中国のお土産にもしばしば登場する。ビタミンCが豊富に含まれるという分析結果があるらしく、美容によろしいというふれこみで売られるようである。


 日本ではこのように実を使うサンザシであるが、ところ変われば品変わるで、中央アジアでは枝先を薬用にする。葉の付いた枝先を心臓病の薬として煎じて服用するのだそうだ。筆者は97年ごろから03年くらいにかけてウズベキスタンやカザフスタンの民間薬の現地調査に参加していたのだが、この時にしばしば聞かれた使い方である。


 こうして書いてみると、サンザシは鑑賞用、薬用、食品への利用等と、意外に利用範囲の広い植物である。薬用植物園の管理者の立場から言っても、育てやすく、管理に手間がかかるわけでもなく、機嫌よく毎年たくさんの花を咲かせ、多くの実をつけてくれる。本学附属薬用植物園の紹介パンフレットの表紙にも開花中のサンザシの写真を使っている。手元に何か庭木をとお考えの時に、候補のひとつにされては如何だろうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 伊藤美千穂(いとうみちほ)  1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。