過日、人間ドックの結果が返ってきた。毎度のことながら、自らその結果を開くことはない。結果が深刻、または大きなリスクありと疑われる場合、検査を受けたクリニックから直接電話がかかってくるし(過去に2度ある)、検査指標が経過観察を要する程度なら、会社が契約している保健師さんとの面談が設定される。
けっして褒められた態度ではないが、『病院のやめどき』を読むと〈検診の基準値というのは、かなりいい加減なものだと言わざるをえません〉とある。それほど悪い態度でもなさそうだ(笑)。
著者は精神科医の和田秀樹氏。教育や受験、社会問題の論客としてもよく知られた人物だ。
本書で貫かれるのは、快適な人生を送るために、〈医療の自己決定〉を行うべき、という考え方。そして、自己決定を行うために知っておくべき、さまざまな論点が記されている。
冒頭でいきなり登場するのが、〈今の医学が絶対的な真実ではないということに気づくことです〉という医療の本質。そういえば、数年前に高血圧の基準が、緩められて話題になった(治療を受ける患者もかなり減っただろう)。
本書でも紹介されている、脳代謝賦活剤の承認取り消しは、医療関係者の間では広く知られたところ。森〈鴎外は脚気を栄養の問題ではなく、伝染病と判断したことで、多くの死者を出してしまった〉。〈「卵はコレステロールの元」は嘘でしたし、「マーガリンはバターよりも体にいい」という説もトランス脂肪酸の存在によって覆され〉た。
もうひとつ、医療の本質をよく表しているのが、〈医療を自己決定するにあたって、知っておかなければならないこと、それは、医療は確率論でしかないということ〉だ。
なぜか人は健康問題になると白黒つけたがる。タバコを吸わなくても肺がんになる人は少なからずいるが、過度の嫌煙家には「肺がんの原因はすべてタバコ」とばかりに主張する“原理主義者”は多い。あくまで確立の問題だ。
著者は〈確かにたばこ自体に悪影響はあります〉と害自体は否定しないが、スタンスはあくまでエビデンスに則ったもの。〈65歳を過ぎた高齢者では喫煙者と非喫煙者の平均寿命があまり変わらない〉というデータを紹介している。 ■「ディオバン事件」の別の側面 「そういう見方もあったか」と妙に感心したのが、高血圧治療薬の薬効に関するデータの改ざんが問題視された「ディオバン事件」。
著者は、医師がデータを改ざんして、製薬会社に都合のよい論文を発表したことを批判しつつも、〈大規模調査をするだけノバルティスは良心的な会社だ〉と正反対の見解も示している。
というのも、〈多くの製薬会社は、日本でアメリカなどの諸外国と同じような大規模な調査をすることをためらって〉いるからだ。〈ほかの薬では海外の都合のいいデータばかりを取り出して、効果をごり押しする〉のが現状だという。
気になったのは、〈大切な栄養学なのに、いまの医者たちは、その知識がほとんどありません〉という指摘だ。
大半の人は、〈日本人が長寿になったのは、戦後から今までの間に食生活が変わり、栄養状態が大幅に改善できたから〉という点に異論はないだろう。日常的に摂取するという点では、「栄養」は薬よりも人々の健康に大きな影響がある。医師が栄養学を知る意義は大きいはずだ。
最終章で記される、情報収集の方法、病院の選び方、変え方、医師の評判の集め方といったノウハウは具体的ですぐにも実践できるもの。しばしばメディアで実施される、「病院ランキング」で重視すべきポイントは、現場を知る医師ならではの視点だ。高齢者となれば、「無理な治療をしない」という選択肢もある。
〈病気に対しては、悪あがきをしないほうがいい〉とは、ある意味、真実だろう。家族や自分が深刻な病気になったとき、どういう判断を下すのか現時点では想像もつかないが、さまざまな選択肢から適切な判断をする賢い患者でありたいものだ。〈医学はまだまだ発展途上〉という側面にも期待したい。(鎌)
<書籍データ>
『病院のやめどき』
和田秀樹著(朝日新書750円+税)