このところ、政府の政策には“時代遅れ”ではないかと思われる政策が目立つ。外国人労働者の受け入れを増やそうという出入国管理法改正案の騒ぎであまり目立っていないが、水道法改正案が今国会にも成立する見通しだ。公共事業の民営化のひとつで、自治体が運営している水道事業の運営権を民間企業に譲渡し、運営を任せる「コンセッション」という方式である。高度成長時代に敷設した大量の水道管が古くなり漏水、破裂の危機が迫ったが、水道管の交換費用が膨大な費用に上り、自治体が耐えきれないほどの負担になっているのを回避するためだそうで、民営化の契約期間は20年以上だという。


 実は、水道事業の民間への譲渡は今回が初めてではない。10数年前に話題になった話である。当時、ヨーロッパで大手水道会社が登場し、パリやロンドンからその周辺都市まで上下水道事業が民間に譲渡され、大手水道会社は「次は日本だ」と東京に事務所を開いた。日本企業のなかでも水道事業運営を狙う中堅企業もあった。


 実際に上下水道事業の譲渡が進むのかどうか取材したことがある。進出を狙っていた企業に聞くと、「日本では無理です」という。理由は「現在の水道事業は現場で働く職員も使用料を計測する職員も公務員ですから年金まで含めた給与が高い。一方、民間企業が運営すれば賃金を抑えるし、効率的に運営することで水道料金を安くできる。しかし、日本では飲料水は空気と同じような発想で、昔から水道は政府なり、自治体が行うもので、利益を求める民間企業がやるものではないという意識がある。下水処理場とそこで浄化した工業用水の企業への販売は一部で民間委託が行われていますが。上水道の民営化は市民の理解を得られない。当社も諦めました」と語っていた。結果、記事にはできなかった。ヨーロッパの大手水道事業会社も日本では実現不可能と判断して撤退したり、下水処理事業だけを請け負い、水道事業の民営化構想は消えた。  ご存知の人も多いだろうが、東京の水道の起源は徳川時代に遡る。当初、幕府は玉川兄弟の提案を採用、8000万両を投下して玉川上水を掘削させた。が、2度に亘って失敗。総奉行の松平伊豆守が、土木に明るいと召し抱えた家臣の安松金衛門を起用し、幕府が新たに6000万両を投じて多摩上水を完成させ、江戸城だけでなく江戸市民に飲料水を提供した。「江戸っ子は水道で産湯を使い」と自慢した水道である。


 世界で近代に至るまで水道を持っていた都市は古代ローマと江戸だけである。パリにもロンドンにもウィーンにも水道はなく、川の水を汲んでいた。加えて古代ローマは水源からローマ市内まで高低差を利用して送水するため水道橋を建設している。その水道橋が遺跡として有名だが、江戸の水道は都市部では地下に埋設している。安松はその後も神田上水などを完成させたが、さらに水道管同士が交差する場所や運河を越えるところでは樋を活用した技術が使われていた。ユネスコの文化遺産に登録こそされていないが、世界に誇る文化遺産である。


 この江戸時代の玉川上水以来、飲料水は政府、自治体が責任を持って運営するものという意識がある。もっとも、京都と違い、バブルの時代に代々続く東京っ子は周辺の都市に引っ越し、1300万都民の9割以上が地方から移住した都民に代わっているから江戸っ子の意識はなくなっている。水道の民営化に今は抵抗感がないかもしれない。


 だが、取材した10数年前にパリでは水道の民営化に批判が上っていた。批判の内容は「最初こそ、公営事業時代の無駄が省かれて水道料金は下がるが、事業を独占することで、料金が高騰する。そのときには取り返しがつかなくなる」というものだった。


 実際、フランスでは民営化した結果、水道料金が高騰したばかりか、水道管の交換も滞りがちということで、今、問題になっている。巨額の違約金を払って公営化に戻した都市もあるという。日本ではさらに世界一美味しいと言われる水道水の水質を維持できるかという心配もあるし、一部の自治体では発展途上国の水道事業を支援しているが、そういう途上国支援をやめることになるのだろうか。


 水道民営化の先進国で失敗というか、問題になっていることを、今、日本が法改正して導入しようというのはどういうことなのか。ひと昔前に検討し妥当ではないと判断された民営化を、今になって行えるようにするというのは“時代遅れ”の政策ではないか。


 少し前にはサマータイム制導入話があった。2年後の東京オリンピックに合わせたつもりらしいが、森喜朗オリンピック組織委員会会長の提案に乗って、安倍首相がサマータイム制の導入を指示した。このとき、安倍首相は「欧米ではサマータイム制が広く行われている。サマータイム制導入で早朝出勤する代わりに退社時間が早まり、みんなが夕方を有効に使える」という説明だった。テレビでは、以前、札幌市がサマータイム制を導入したことを伝え、「サマータイム制で余暇が増えた。いい制度だ」と語る地方公務員の話を紹介した。


 だが、実は札幌では市と商工会議所が音頭を取ってサマータイム制を導入したが、実行したのは市役所と商工会議所の事務所だけだった。民間企業は東京、大阪の本社、さらに欧米との連絡があって終業時間を早めることができず、かえって残業が増えた。「夕方遊んでいるのは公務員だけ」という声が市民の間から上がっていた。「いい制度だ」というのは公務員だけの話である。


 しかも、安倍首相がサマータイム制導入を指示した時、ヨーロッパでは「サマータイムは数十年に亘って実施してきたが、何の効果も生まなかった」という実態が報告され、EUは各国で廃止を検討することが決められたときなのである。


 幸い、サマータイム制の導入にはITの変更に莫大なカネがかかる、ということで、いつの間にか沙汰やみになったが、このサマータイム制も時代遅れの政策である。一体、誰が安倍首相に時代遅れの政策を提案しているのだろう。


(常)