◆各地で始まる新しい高齢者支援とは?


 11月14日、京都市伏見区内の大型ショッピングモールのイベントフロア。京都市醍醐図書館副館長で司書の井上典子氏(56歳)が「おかずはなんどす、きょう、とうふ!(京都府)」と本を読み上げると、集まった高齢者たちが笑いながら同じ文章を復唱する。井上氏が「いい加減に滋賀県!」と読めば、また笑い声が上がり、高齢者も一緒に繰り返す。 



 このイベント「出張型地域包括支援センター」は、住民に浸透していない地域包括支援センターを知ってもらおうと、伏見区内の地域包括支援センターが共同して開いたもの。高齢者向けの健康体操や、看護師や理学療法士による健康相談、バイクをこぎながらの脳トレなど、さまざまなブースが設置され、買い物客の高齢者たちが立ち寄っていた。


 なかでも異彩を放っていたのが、醍醐図書館のブース。約40人が入れ替わりに参加した。司書が『だじゃれ日本一周』(理論社)という本を高齢者とともに読み、参加者の出身地を尋ねたりして盛り上がった。井上氏はブースに置いた認知症関連の本を紹介し、「図書館には、“認知症にやさしい本棚”も設けていますよ。認知症に不安のある方、ご家族が心配な方は、どうぞ手に取ってご覧ください」と声をかけた。区内から参加した70代の女性は、「図書館のことはよく知らなかったけど、認知症はなりたくないからねぇ。そういう本もあるんやねぇ」と、図書館の場所を井上氏に尋ねた。


 イベントを主催した醍醐南部地域包括支援センター長の田邊敏子氏は「ふだん図書館を知らない人に知ってもらえて大成功でしたし、私たちも図書館の方々と関わることで、高齢者の生活の一部を知れて、いい連携ができるようになりました」と話した。


 地域包括支援センターのイベントになぜ図書館?と思われる方も多いだろう。まだ数は少ないが、国内各地で、図書館が認知症高齢者への対応を考えた取り組みを始めつつある。


◆「放っておけない」から始まった取り組み


 井上氏(写真)が問題意識を持ったのは4年前。それまで内勤だった井上氏が館内に立つと、以前より高齢の来館者が多いことが目立ち、驚いた。なかには「駐車場に停めた自分の車がわからないから一緒に探してほしい」という人、自宅の本を返しに来る人、何度も図書館カードをなくしてしまう人、失禁してしまう人もいた。 



 井上氏は、親族の認知症を身近で見ていた経験があったため、「認知症の症状ではないだろうか?」と思った。しかし、医療専門職でもなく、認知症についての詳しい知識もなかったため戸惑った。それでも、「目の前で困っている人を放ってはおけない」と思い、一人ひとりの言葉に耳を傾け、丁寧に対応した。こうしたことが続いたため、井上氏は「地域に何か起きているのでは?」と思い調べると、醍醐図書館のある地域は京都市内の他地域に比べて高齢化率が高く、老朽化した集合住宅に単身高齢者が多いことがわかった。


「時代が変わりつつある。地域資源である図書館で何かできることがあるのでは」と井上氏は考えるようになり、17年、近隣の病院でやっていた高齢者向けの読み聞かせを工夫し、図書館にある資料や紙芝居、映像などで高齢者に昔を思い出しながら語ってもらう「回想法」を行うと好評だった。また、同じ病院内の手話サークルを講師に迎えた手話講座も開き、幼稚園児や保育士が参加する多世代交流の起こる場にした。館内では大学生が高齢者に折り紙を教えるイベントのほか、最近では、子どもの来る日曜日に英字新聞を使ったエコバッグづくりのイベントなどを開いている。館内イベントは募集開始直後に定員が埋まるほどの人気ぶりだ。



「国際アルツハイマー病協会国際会議」の開かれた17年春には、醍醐図書館の入り口すぐの場所に「認知症にやさしい本棚」を常設した。隣には漫画や大活字本などを並べ、来館者が他人の目を気にしなくてもいいように配慮した。コーナーに配置した自治体の発行する認知症関連のパンフレットは、500枚が1年間でなくなり、井上氏は「確実にニーズはある。今の時代に合った図書館の役割がある」と確信した。 



◆広まる図書館の取り組み


 同じ課題を抱えている国内各地の図書館が、少しずつ動き始めた。16年、神奈川県川崎市立宮前図書館は「認知症に優しい図書館」として、館内に認知症関連本を置くコーナーをつくった。宮崎県日向市では、「認知症の人にやさしい図書館プロジェクト」として、コミュニティーセンター内の図書室に認知症に関する書籍約150冊を集めたコーナーを作っている。大阪市鶴見区では地域ケア会議に図書館職員が参加し、医療介護職と日頃から連携関係を築いている。


 こうしたなか、16年に関西で「図書館と認知症」をテーマに、問題意識を共有する有志らと大阪大学地域包括ケア学教室が立ち上がり、図書館員と医療福祉介護関係者を対象にした勉強会を企画した。図書館職員と医療福祉関係者の交流や情報交換の場にすることで、認知症のある人や家族、地域住民にとってより親しみやすい図書館にしていこうという趣旨だ。また、地域住民の誰もが知っていて、学習や情報収集の場であり、地域の「居場所」でもある図書館の役割を捉え直すことで、地域包括ケアの資源のひとつとしての価値を高めていこうという狙いもある。 



 今年3月に開かれた勉強会には図書館司書・事務職員、地域包括支援センター職員、介護職、看護職などが参加。お互いの業務を知ったり、「地域包括ケア」という言葉を共有しながら、互いに何ができて何ができないかを話し合った。「図書館に認知症と思われる人が来館しても、個人情報保護問題で連絡ができない」という司書からの質問に、地域包括支援センターの職員が「私たちがその場に行ってお声掛けしたり、対応したりすることもできますので、名前を言われなくても大丈夫です」と、日頃から顔の見える関係をつくっておけば動きやすくなると返答した。 



  この勉強会はこれまで7回開催されており、高校や大学生が認知症を普及啓発するためにつくったカレンダーやカルタなどの発表、認知症専門医からの講義など、さまざまな広がりを見せている。大阪市立図書館の職員もこの勉強会に参加したことで意識が高まり、館内スタッフ120人が認知症サポーター養成講座を受講したという。(梨)