シンポジウム「改めて『地域共生社会』を考える」に登壇した株式会社あおいけあ代表取締役の加藤忠相氏は、「僕らの仕事は、昔は『面倒を見てあげる』でしたから、スタッフが掃除したりお茶を出したりしていた。でも、スタッフが10時にお茶を出すことに、どこにも介護の専門性はない。そんなことのために国家資格の介護福祉士をとってもしょうがない。おばあちゃんと(一緒に)掃除して初めて自立支援になる。スタッフがどうやったらおばあちゃんがお茶を入れられるようになるだろう、と考えて初めて自立支援に近付く」と介護についての考えを示した。 


加藤氏  


 加藤氏は、神奈川県藤沢市で小規模多機能施設やグループホームなどの高齢者向けサービスを18年にわたり展開している。加藤氏の3取り組みは、NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」で紹介されるなど数々のメディアで取り上げられ、国内から視察は絶えず、今年9月にはあの小泉進次郎氏も訪問した。高齢者ケアのトップランナーとして注目の存在だ。


◆場所を変えれば高齢者のレクリエーションが社会資源に


 地域包括ケアについて加藤氏は、「施設の庭に花を植えていたらレクリエーションだけど、場所を変えて、公園や花壇、街路樹の下に花を植えていけば社会活動になる。高齢者と一緒に清掃活動をすればボランティアになり、社会資源になる。車いすの人でも清掃はできる。『散歩に行こう』と言うと断られるが、『地域の清掃活動だからお願いします』と言うと、みんな出てきてくれる」と、従来の概念の転換を促した。


「人の世話をするときに認知症の周辺症状は出てきません。高齢者を楽しませるためにやるのではなくて、高齢者が地域の方たちを楽しませるように手伝うのが本当の意味での自立支援」と、高齢者が役割や居場所を見出し、自ら楽しんで動けるよう考えることがスタッフの仕事と強調した。さらに、「当然職員の専門性も上がってくる。なぜなら(利用者の)自立度が上がるようになるし、みんな(利用者の)笑顔が大好きだから」とスタッフのモチベーション向上にもつながると話した。


 加藤氏は、「自分が心地いいと思う場所をつくりたかった」とグループホームやデイサービスを始めた当初の思いを語った。2007年に小規模多機能施設「おたがいさん」を立ち上げた際、施設の周りにあった壁を壊したことで、施設の前に道ができて近所の住人が往来するようになり、カフェや食堂ができあがったと、成り立ちを紹介。そのうちに施設に出入りする子どもたちが増え、利用者による書道教室には「地域の子どもたちだけで130人以上の“お弟子さん”がいるので、お迎えのお母さんたちも含めると、すごい数の人たちが出入りする。ただの介護事業所なのに、ハイブリッドさせておくだけで人が入ってくる」と多機能施設のメリットを説明した。


 昨年設置したサテライトの小規模多機能事業所「おとなりさん」には、一般に開放されたコミュニティレストランが併設され、「ここにはおじいちゃんおばあちゃんが自分たちでご飯を取りに行き、配膳をし、自分たちで皿を洗うという自立支援になっている」と紹介。2階には子どもたちが自由に遊んだり勉強したりできるフリースペース、また事業を手伝うと家賃負担が軽減される地域協働型住宅3部屋も併設されていると解説した。 看護学生が研修に来た際のエピソードを、「一緒に料理をしようとしても、おばあちゃんたちが熱心に料理をしていて、専門職の卵たちは何も手を出せなくなる。『何かしてあげよう』と思ってくるんだけど、何か教わって帰ってくるというのが、うちの研修のスタイル」と紹介。「だから(入所者は)誰も世話になっている顔をしていない。誰が認知症で誰がスタッフで誰が利用者なのかわからない状況」と施設内の様子を話した。


◆自然な老衰死を提供しやすいのが高齢者住宅


「日本で一番見学に行きたい高齢者住宅」と呼ばれるサービス付き高齢者向け住宅とグループホームの「銀木犀」を首都圏で運営する株式会社シルバーウッド代表取締役社長の下河原忠道氏も登壇。下河原氏は「日本は自然な老衰死を増やしていかなければいけない」と訴えた。「それを提供しやすいのが高齢者住まい。でも日本の高齢者住まいでは看取りが進んでおらず、介護付き有料老人ホームでも3割ぐらい」と述べた。 


 下川原氏  


 一方で、「最近サ高住がやり玉に上がり、すべてのサ高住が悪いみたいに言われてしまうのだが、サ高住はあまり介護保険を使わず自立した生活を送れている」と主張。「銀木犀」の平均介護度は1.9と述べ、「実際に介護報酬をどれぐらい使っているかと言うと、要介護度4でも50%ぐらい。介護保険をあまり使わず、看取りまで行えているということを証明できている」と述べた。


「銀木犀」は従来の高齢者向け住宅のイメージを覆す、あえてバリアフリーを採用しない洗練されたデザインと、看取りまで行う医療介護ケアの内容で介護業界の脚光を浴びている。2015にはアジア太平洋高齢者ケア・イノベーション・アワードでアジア最優秀賞を受賞するなど、下河原氏は高齢者住宅のパイオニアとして海外からの評価も高い。


 下河原氏は「銀木犀」をつくったきっかけを、「日本中の高齢者施設を見て回ったが、自分が住みたいと思えるところがなかったので、建築的アプローチから変えていこうと思った」ためという。あおいけあの加藤代表の施設を見学したことも明らかにし、入居者による駄菓子屋など、近所の子どもたちや住人が自然に出入りしやすい「仕掛け」をいろいろ考えていると語った。


「いろんな人たちが出入りして、入居者は地域住民としての暮らしが実感できる。それが銀木犀のよさかなと思う。楽しいこと、美味しいこと、おしゃれなことをやっていると人が集まってくるのかな、と思っている。楽しそうに暮らしている高齢者を地域の人たちが見ることで、『私たちも老後は大丈夫かな』という安心感が生まれると思う」。


 ただ「でも今は認知症のある人や障害者を分離する社会になってしまっているので、その無意識の偏見が広がっていると思っている」とも指摘した。


 今後の展開として、来年4月に千葉県船橋市に就労事業も行う「銀木犀」を開設し、一階を「豚しゃぶ屋」にして入居者がサービスを提供する形にする、新たな構想を示した。(梨)