医療事故の原因を探り出して再発防止に結び付ける、医療事故の調査制度を作るための医療法の改正案が、6月18日に成立した。新制度が来年10月からスタートする。
改正案成立後、厚生労働省は運用の具体的なガイドライン(指針)作りに着手したが、10年以上も前から厚労省内の部会で検討されながら医療界の反発や政権の交代でなかなかまとまらなかった制度でもあり、残された課題は多い。指針作りの過程で課題を解決し、患者と医師の双方から信頼される制度を築き上げてもらいたい。
新制度は年間1300〜2000件起こるといわれる病院での予期せぬ死亡事故が対象となる。病院は対象の医療事故を民間の第三者機関に届け出て自ら院内調査を実施する。調査結果は第三者機関に報告され、患者の遺族側にも説明される。遺族がその説明に納得できずに調査を求めた場合は、第三者機関が独自に調べ上げて遺族と病院に報告する。
第三者機関は全国約18万の医療機関から寄せられる調査結果を分析し、同様の医療事故を起こさないように全国の病院に対して注意喚起を行う。厚労省はこの第三者機関に一般社団法人の日本医療安全調査機構などを指定することを検討している。
■問題は身内による調査
ところでここで注意しなければならないことがある。それは遺族側が院内調査を病院に求めても調査するかどうかを決めるのは、病院になるという点だ。調査も院内調査だから身内による身内の調査になる。それゆえに病院側がそのことを十分に自覚し、これまで問題にされてきたような組織的な隠蔽を自ら回避する必要がある。
しかしながら一般社会とかけ離れ、「医師の常識は社会の非常識」とまで揶揄され、隠蔽体質からなかなか抜け出せない大病院に客観的調査ができるのだろうか。身内が身内を調べること自体に無理がある。今回の医療事故調の制度は、医師や病院のための制度といっても過言ではない。
2008(平成20)年6月に自民党政権下で厚労省がまとめ大綱案では、事故原因の調査は病院とは無関係の第三者機関で行われることになっていた。ところが第三者機関に調べられることに対し、病院や医師ら医療関係者は猛反発し、政権も民主党に代わり、厚労省は大綱案を引っ込めて制度作りを白紙に戻した。
その一方で医療事故が多発して民事訴訟が増え、医師個人の刑事責任の追及も行われるようになっていった。その反動で医師はリスクの高い産科や外科などの診療科の担当を避けるようになっていく。病院側が主張する医師の萎縮である。医療の崩壊や疲弊が社会問題となり、医師の間からは「医療事故調査の制度によって刑事裁判や民事訴訟から医師を守る必要がある」との声が出てきた。その結果、医療事故調の制度は医師や病院のための制度に変わってしまった。残念なことに「肉親の事故死の本当の原因を知りたい」「自分と同じ悲しみを経験させたくはない」という患者の遺族の願いが、いつのまにか消えてしまった。
■中立性と透明性が必要
医療事故調の制度を患者中心の制度に育て上げていくにはどうしたらいいのだろうか。
厚労省は作り上げる運用指針に第三者機関への届け出が必要となる場合の基準を具体的に分かりやすく示すべきだ。また改正される医療法では調査メンバーに外部の専門家を入れることを求めているが、義務付けまではしていない。これも徹底するよう運用指針に明記したい。第三者機関の中に遺族が気軽に相談できる窓口を設けるよう指針に盛り込むことも検討する必要がある。要は中立性と透明性をしっかり担保することが重要なのである。課題がなかなか解決できなかったり、新制度スタート後に新たな問題が出てきたりした場合には、さらなる法律の改正や新たな法律作りが必要だろう。
最後に警察の捜査と医療事故調の制度との関係について触れておこう。第三者機関は警察への通報はしないが、厚労省は第三者機関への届け出と医師法21条にある異状死の警察への届け出との関係について2年以内に検討して結論を出すという。しかし第三者機関への届け出と警察への届け出は、分けて考えるべきではないか。片方は再発防止であり、もう一方は刑事責任の追及とそれぞれ目的が違うからだ。それにこの問題は6年半前の厚労省の大綱案に第三者機関から警察への届け出が明記されたことに医療界が反発したことから始まった。それが今回決まった新制度では警察には通報しない。それでも厚労省がこの問題を検討しようとするのは、まだ納得できていなかったり、あるいは十分に理解していなかったりする国会議員がいるからだ。
繰り返すが、医療事故調の制度で重要なのは、患者の遺族が信頼できる調査をしっかり行って事故原因を背景も含めて突き止め、それを再発防止に結び付けて医療事故を減らすことである。このことを忘れて小手先の議論に終始してはならない。(沙鷗一歩)