とかく医療や介護の文脈で語られることが多い認知症の世界。アルツハイマー病の新薬はいつも注目を集めるニュースだし、認知症の人への対応は介護業界の一大テーマだ。


 最新の推計によれば、現時点ですでに認知症の人は500万人を超えており2040年には800万人を超えると見られている。人口が減少していくなか、総人口に占める割合が今後確実に高まっていく。


『認知症フレンドリー社会』は、〈好むと好まざるとにかかわらず、社会全体を、認知症対応に“アップデート”する必要がでてきている〉との問題意識の下、記された一冊だ。


〈私たちの生活をとりまく法律や制度、企業活動などは、すべて、認知症の人や高齢者がこれだけ多くなる前につくられたもの〉である。例えば、若者には難なくできるATM(現金自動預払機)の操作や、家電製品の細かい注意書きを読むことも、高齢者、ましてや認知症の人になるとより難易度は上がる。


 これから認知症の人が増えてくると、介護施設の不足は十分起こり得るし、在宅の介護サービスを在宅で使おうにも、財源の問題から給付が制限される可能性もある。現在でも、認知症の人の約6割が家で生活しているとされるが、家族の負担に支えられている人も多い。しかし、共働き世帯や単身の高齢者が増えるなか、家族の支援が受けられる人も減ってくる。ある意味、今“隔離”されている人が、日常の世界に出てくるのだ。


 著者は認知症の人や認知症が疑われる人が関係している事件や事故、トラブルを大きく3つに分類している。


 ひとつは、金融商品がハイリスクの商品を交わされたり、詐欺にあったりなど認知症の人が被害にあうケース。洗剤を飲みものと間違って飲んでしまう誤飲などもここに含まれる。次は、交通事故など、認知症の人が加害者の側になるケース。もうひとつは、外食や買い物など日常生活のなかで、企業や店に対して認知症の人が顧客になり、トラブルになるケースだ。サービス提供者と認知症の人の双方が加害者にも被害者にもなり得る。


■「働く認知症の人」は日本の先進事例


 では、近い将来の、認知症の人とそうではない人が〈まざっていく社会〉に、どう対応すればいいのか?


 実は同じ認知症のレベルでも、〈自立して一人でなんでもできるという状態と少しだけ支援が必要な状態の境界にいる人は、環境が改善されることで、自立した生活が送れるようになるのです〉という。


 環境改善のカギは何といっても、さまざまな組織や地域の連携だ。現在は、〈日本にも、認知症フレンドリーな環境づくりをする団体や個人は多くいますが、(中略)ゆるやかな目標共有や協働をするケースは非常に稀〉だ。医療や介護、各種団体、交通機関、企業、行政などバラバラに対策がとられている。


 今後は、さまざまな組織や連携を取りつつ、ノウハウを蓄積して、認知症に対応した社会を構築していくことが求められる。認知症の人にも無理なく使える、ICT技術の導入も不可欠だろう。「介護テック」の発展にも期待したい。 


 世界で日本が先を行っている分野として本書で取り上げられているのが、認知症の人が働くこと。英国では、〈認知症フレンドリーコミュニティとは、認知症の人が地域に貢献していると感じられるような環境と定義〉しているが、働くことはまさにそれ。収入の多寡にかかわらず、好影響を与えそうだ。


 今後、認知症フレンドリー社会への取り組みを加速させていくなかで、地域の役割は今以上に大きくなる。


 例えば、“移動の足”を考える際、鉄道が発達した都会と自動車しか移動手段がない地域では、対応はまったく異なるものになる。地域によって、人々のつながりもさまざまだ。


 本書では、英国や福岡県大牟田市、静岡県富士宮市などの事例などが取り上げられているが、どこも地域の実情に合った対応が求められる。ちなみに、〈オーストラリアでは、運転の可否は個別に判断し、認知症の人でも例えば、「自宅から五キロ以内」や「日中のみ運転可」〉としているという。


 気になるのは前述の〈認知症の人が被害にあうケース〉。悪意を持って認知症の人に接近する犯罪者にどう対応していくか?


 制度や法律の整備、製品や表示の見直し、地域コミュニティの拡充といった努力だけでは、被害を防げない部分もある。


 認知症の〈当事者と支援者は、いま認知症である人と未来に認知症になる人という、時間軸で連続的な関係になり得る〉。あらためて、自分の問題として「認知症フレンドリー社会」を考えたい。(鎌)


書籍データ

認知症フレンドリー社会

徳田雄人著(岩波新書780円+税)