朝の通勤電車に大きな声が響いた。「おまえが悪いんじゃ、このボケ。〇×%$#(詳細聞きとれず)このハゲ!」……その言いようは怖いというよりむしろ滑稽で、心の中で吹き出しそうになりながら、自分はそそくさと急ぐ人の列に加わった。


◆今年のざんねんなできごと


 日本アンガーマネジメント協会は、同協会のメルマガ会員にアンケート調査を行い、女子プロテニスの大坂なおみが、上手に怒りをコントロールした「アンガーマネジメント大賞2018」に選ばれた。一方、「怒りをコントロールできずに失敗した人」の第1位は、その対戦相手であったセリーナ・ウィリアムズ選手、第2位は元日本ボクシング協会終身会長の山根明氏という結果になった。


「平成でいちばん怒りを感じたニュース・出来事」の第1位は、東名高速の追い越し車線事故(あおり運転/ロードレイジ)だった。


 さらに、怒りの申し子と言えば米国のトランプ大統領だ。トランプが何かに怒った(Trump angers……)、ツイートで誰かを怒らせた(Trump’s tweet angers……)という見出しのニュースは枚挙に暇がない。直近では、マティス国防長官の辞意表明時はリラックスした様子だったにもかかわらず、その主張を英雄的に取り上げるメディアに怒りまくって(Trump mad at coverage of Mattis resignation)同氏の退任時期を早めた、と報じられている。


 怒りは誰もが経験する感情だ。人は傷ついたとき、不当な扱いを受けたとき、自分の考えに反対されたとき、個人的な目標への到達を妨げられたときなどに、怒りを覚える。ただ、怒りやすさ、怒りの強さ、「怒っている自分」を認識しているかどうかには個人差がある。


 怒りはもともと自分の置かれた環境が「何かおかしい」と感じたときに発せられるシグナルだ。だからその原因に注意を払い、何らかの対処をして「おかしい」状況を修正しようとする。


 だが、度を越えた怒りは、ドーパミン、ノルアドレナリン、コルチゾールなどのホルモン濃度を高め、本人の健康にとって有害なリスクとなり、ときには命を縮める。また、怒りをぶつけられた周囲の人たちもまた怒りを感じて疎遠になり、本人の社会的な孤立を招きかねない。


 そんな悪循環を招かないためにも、怒りとうまく付き合うことが重要になる。


◆医療や教育現場での試み


 日本アンガーマネジメント協会は、自分の受け止め方を3つの同心円で説明している。まず中心は、自分のもつ「べき」(理想、願望、欲望)の円。そのすぐ外側に自分とは「少し違うが許容できる」範囲、さらに外側に「許せない」範囲がある。自分と違う価値観を理解し、今日範囲をある程度広げられれば怒りを軽減できる。


 また、怒りの感情のピークは長くて6秒程度であるため、この間は絶対に反射的な言動をしてはならない。がまんが難しければ、体や頭を動かして目の前の怒りから一端意識をそらすのも一法だという。


 医療現場では、看護管理者向けにアンガーマネジメント研修を行った事例が報告されている。都内の大学病院で師長に1.5時間、師長補佐・主任に3.5時間の講義とグループワークを実施した。 講義内容は、


①看護管理に求められる感情マネジメント(ケア対象者の怒りにどう対応したらよいか、ストレスをケア対象者にぶつけていないか、職場の人間関係がストレスになっていないか)②アンガーマネジメントとは(怒りとは、問題となる怒り)③私たちを怒らせるもの(その正体、自分の「べき」を知る、怒りの受け止め方に働きかける、怒りの耐性をつくる、ものごとの見方を変える)④怒りの性質、⑤看護師の教育・指導への活用 である。


 研修の結果、「患者さんやご家族からの苦情対応をしているときに“もうひとりの自分”のイメージを持つようになった」、「スタッフが怒りを表現した場合には、相手と話す時間をつくっている」、「医師との話し合いの場面で価値観のズレでイラッとすることがあるが、“人によって価値観に違いがある”と理解することで冷静に話し合いできた」などの声が聞かれたという。


 一方、海外では、スペインの大学から子どもに怒りのコントロールを身に付けさせるための試みが報告されている。“Happy Emotional Education Program”の一環として開発したゲーム形式のソフトウェア“Happy 12-16”を用い、中学1~2年の男女472名に1回1時間、計30時間以上の教育を行った。


 プログラムは、葛藤の生じる25場面(設定は学校15場面、家庭10場面)で構成されており、ゲームごとに、いじめる側、いじめられる側、観察(傍観)者など、異なる立場を体験する。そのなかで、


①自分の感情に気づく②冷静になる(立ち止まって、考え、深呼吸する)③対処方法を考える(感情を表に出す、助けを求める、ものの見方を変えるなど)④自分がどうしたいかを表明する


 という4ステップを習得することが目的だ。試行の結果は上々であるという。


 結局のところ大人も子どもも、一定の訓練によって、自分の感情を意識すること、異なる立場からの見方や価値観を理解すること、自分なりの対処法を準備することが、ハッピーな環境につながりそうだ。(玲)