ナンテンは難を転じる(難転)として縁起がいいと考えられるのか、お正月の飾りにしばしば使われる。お赤飯の上に葉を飾ったり、お重に入れる尾頭付きの鯛の塩焼きの下にも枝先が敷かれていたりする。小葉が模様となって映えるのと、常緑樹なので冬場でも緑の葉が使えるという利点のほかに、葉の表面に抗菌物質があるらしい、などという話もある。
ナンテンはもともと日本には生息していなかった植物で中国から入ってきたようであるが、今では日本でも庭木としてすっかりおなじみの植物である。梅雨に入る少し前あたりから花が咲き始めるが、小さくて地味なのであまり目立たない。花の後に膨らみ始める果実は、十分に大きくなっても寒くなるまでは目立たない色で、まるで出番を待ってじっとしているかのように夏じゅうはその地味な色のまま過ごす。年末気ぜわしい時期になって、一気に赤や白に色づく感じである。
生薬としてはその果実を使う。ナンテンジツという名称で、中枢神経に作用するアルカロイドを含み、鎮咳作用が期待される。漢方処方にはほとんど使われないようだが、家庭薬やのど飴に配合されている。 その規格は日本薬局方ではなく、日本薬局方外生薬規格(局外生規)に収載されている。局外生規は、日本で使用される生薬類のうち、薬局方に記載するべき規格が策定し難いものや使用頻度がさほど高くないものなどが収載されている規格書であるが、そこでナンテンジツの確認試験で検出しているのはやはりアルカロイドである。
正直なところ、生薬を講義する立場ではナンテンジツはいわゆる重要生薬として必ず講義に登場させねばならぬ生薬ではないし、ナンテンそのものは庭木としての方が有名だったりするので、詳しく調べたこともなかったのだが、とある生薬問屋の方と話していた時に、この年末の寒空に収穫する生薬があるというので聞いてみれば、ナンテンジツであった。気温が十分に下がり、実がしっかり色づいてからの収穫なのである。日本で年間に使用するナンテンジツは乾燥重量で5〜6トンほどであるが、そのうち4トン超が日本産で賄われている。医療用医薬品の漢方処方エキスには使われない生薬であるのに、毎年5〜6トンも使用量があることにいささか驚いたが、その8割以上が国産品であるという事実も意外だった。これは家庭薬等、日本で処方が考案された医薬品に昔から使われ続けているということの表れ、と考えることもできるかもしれない。
さて、ナンテンの果皮の色には赤と白があることをご存知だろうか。赤い実をつけるナンテンの木の葉は紅葉することがあるし、緑の葉が赤く縁取られたように色づいていることも多い。他方、白い実をつける木の葉は緑色が少々浅く、葉の縁が紅く彩られることは無いし、紅葉しない。アルビノの感じである。局外生規の記載では基原を実の色で品種(forma)として書き分けていて、シロミナンテンの方が先に書かれている。近年の実際の流通品では赤実がほとんどであるそうだが、シロミナンテンだけを基原とするナンテンジツのリクエストもあるそうで、その単価はやはり赤実よりかなりお高いそうである。調べてみると、古い生薬の教科書には白実の方が上質であると書かれたものもある。園にあるナンテンを見ていると、白実は赤実より結実率が低そうなので、量的に確保しやすいのが赤、量を揃えにくいのが白、ということもあるようである。
薬用植物園を管理する立場から見たナンテンは、いつの間にやら勝手にあちこちに生えてくる植物のひとつだが、虫がつくこともなく、樹形が邪魔になるようなこともないので、また真冬の色を失った園に、ポッと赤い色をさしてくれる実が綺麗でもあるので、生えていても特に気に留める事もなく、そのままにしておく植物である。20年ほど前までは、京都市内でもモズのさえずりが秋から冬には聞かれたものだが、そのモズの早贄(ハヤニエ)がしばしば突き刺さっていたのもナンテンだった。真冬に話題を提供してくれる数少ない薬用植物のひとつである。
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伊藤美千穂(いとうみちほ)
1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。