親しいミステリー作家から聞いた話だが、いわゆる“社会派”のミステリーで、売上げにはっきり悪影響を及ぼす要素が2つあるという。ひとつは外国が舞台となる話だ。あの「ゴルゴ13」のシリーズであったり、今は亡き船戸与一氏の作品であったり、国際冒険小説はその昔、人気ジャンルだったように思うのだが、最近の読者はカタカナの地名・人名が出てくると如実にアレルギー反応を見せるという。


 もうひとつは、太平洋戦争や沖縄問題など、同じ“社会派”であっても、国家のあり方を批判するような“政治的なテーマ”も売上げが落ちるという。もちろんこの知人の作家は、ダイレクトにそうしたテーマの本を書くわけではない。殺人事件の謎を追ってゆくと、その背景に戦争にまつわる出来事が出てくる、その程度の書き方をするだけだが、それでも拒絶反応を示す読者が一定数いるらしいのだ。 


 もともとノンフィクション系の書き手だった彼は、作品のなかに必ず実話をモデルにしたエピソードを取り入れる。で、上記の2要素のない実話、実際に起きた殺人や災害、列車事故などのエピソードを盛り込むと、その「リアルさ」が受けて評判がいいという。でも、国家を問うようなリアルさはダメ。私の個人的好みでは、まったく逆なのだが、こんなところにも、今のご時世が現れているようで、暗澹たる気持ちになる。


 そんななか、一筋の光明のような希望を、今回の直木賞に感じた。受賞作は真藤順丈氏の『宝島』。終戦直後から米軍統治下の沖縄を舞台にした「戦果アギヤー」、米軍物資の略奪を生業とした若者たちの物語だ。最近は老眼が進んでいるうえに、仕事上読まねばならない本がたまっていて“積ん読”状態のままなのだが、昨年のうちに買うには買ってある本のひとつである。


 もう1冊、やはり直木賞候補作になった深緑野分『ベルリンは晴れているか』も同じころ買った“積ん読”作品だ。こちらは終戦直後のドイツの物語である。先の知人作家の説によれば、外国の話や沖縄問題など、どちらも昨今は“アウト”なジャンルだが、この2作家はそんな逆風にも負けず、話題作を書き上げてくれたことが嬉しい。


 今週の週刊文春で、一番引き込まれて読んだのは、この深緑さんが書いた『ガルシア=マルケス「東欧」を行く』という本の書評記事だった。彼女は上記の自作を書くにあたり、当時のソ連兵の描写に苦労した経験に照らし、このコロンビアの巨匠のルポを高く評価する。彼女曰く、旧ソ連を描いた日本の資料は、アメリカの影響を強く受けすぎて「ソ連=悪」という捉え方が極端で、フラットな情報がほとんど見つからないという。


 旧共産圏の取材モノといえば、現地当局のプロパガンダに乗せられてはいないか、という批判は昔から山ほど見てきたが、逆に「騙されまい」とするあまり、粗探しばかりして“普通の情報がない”という深緑さんの指摘は、とても新鮮に聞こえた。若い世代にこうした知性の輝きを見ると、実に嬉しくなる。


 同じ号にある『深田恭子新恋人の「三股」「破産」「刺青」』という記事に、疑惑の実業家とZOZOTOWNの前澤社長、そしてもうひとり“仲良しセレブ”のお友達として、『日本国紀』の版元・幻冬舎の見城徹社長が嬉しそうに並ぶ3ショット写真が載っていた。見城社長と言えば「売れる本がいい本」という明快な信念を持つ出版業界のやり手商売人である。そういう人が昨今の出版文化を牽引する現実を考えると、よけいに深緑さんのように物静かな知性が生き残っている奇跡にありがたさを感じる。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。