「おてらおやつクラブ」の活動は、お供え物の提供だけにとどまらない。安養寺(奈良県磯城郡)の松島靖朗住職は、「おてらおやつクラブ」に寄付したいと思った人が古本などの買取販売を行う株式会社バリューブックスに古本などを送ることで、買取額が「おてらおやつクラブ」に寄附されるという仕組みもつくった。寄附金は活動の維持費にあてられている。
さらに、昨年11月には日本フィルハーモニー交響楽団が、「おてらおやつクラブ」とつながりのあるひとり親家庭を招いた特別演奏会を、東京・渋谷にあるコンサートホールで開催。松島住職は子どもたちに「食」以外の文化的活動の機会も提供したいと考えており、22人の母子らが参加してオーケストラの演奏を楽しんだ。
■異分野出身ならではの仕組みづくり
こうしたさまざまな支援の仕組みを松島住職が発案するのは、その経歴が関係している。もともと起業家を目指していた松島住職は、一般の公立高校を出て早稲田大学商学部を卒業し、IT大手のNTTデータやネットベンチャーで働き、女性向け有名コスメサイト「@コスメ」を手掛けた経験もある。「おてらおやつクラブ」に欠かせない、ネットを使った支援の発案や仕組みづくりは松島住職の得意とするところだ。お寺と支援団体のマッチングにプロ営業マン向けの顧客管理ソフトを使うなど、事務局運営にはIT技術を駆使し効率化を図っている。
広報もSNSなどのインターネット発信が主体だが、松島住職はさらに斬新な方法を思い付いた。2018年度のグッドデザイン大賞への応募だ。「子どもの貧困問題はまだまだ知られていない。こんな活動が必要なぐらい、自分たちの身近にある問題だと知ってもらう機会にしたかった」(松島住職)。
ところが、予想外にも、「おてらおやつクラブ」の仕組みや考え方が評価され、グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)を受賞。広報としては想定以上の効果を得た。松島住職は「大賞受賞なんて思ってもいなかったので、『ほんまか!?』という状況ではありましたが、今後の活動の中身が変わることはありません。できることをやっていきます」と胸を張る。大賞受賞には、仏教徒の多い台湾や中国、韓国などアジア圏からの反響が大きく、寄附金が送られてくることもあり、支援者の幅の広がりにつながっている。
■生まれてきた想定外の支援
一方、最近では当初想定していなかった事態も起こるようになってきた。「支援団体や行政につながることすらできない人たちが、ネットを通じてこの活動を知り、直接『助けて』と伝えてくることが増えてきました」(松島住職)。精神的な問題で働けなくなった母親の娘から連絡が来たり、受刑中の男性から「残してきた家族が心配だから相談に乗ってやってほしい」という手紙が届いたり。
可能な限り行政や支援団体につないでいるが、なかには難しいケースもある。「子どもの同級生の母親が窓口にいる」という理由から、行政の窓口に行けなかったり、子どもが6人いて低収入で困窮しているものの、両親がいるために行政の支援対象にはならない家庭などもあるという。そういった家庭には「おてらおやつクラブ」が直接相談を受け、とくに年末年始や子どもの夏休みで給食がなくなる時期などには必要な物資を尋ね、お供え物を提供するなどできる範囲の支援をしている。こうして直接つながっているケースは約100件ある。
松島住職は、「これらの活動を続けているからといって、子どもの貧困が減ったかというと、そうではありません。それでも、長期戦は古くから続いてきたお寺の得意とするところです。『駆け込み寺』という言葉がありますが、今の時代に合った方法で地域でのハブになること。これがお寺本来の活動だと思っています。今後はさまざまな団体や行政との情報連携などを強化していきたいと思っています」と語る。(熊田梨恵)