「民間の医療保険はいらない」――。
しばしば、ファイナンシャルプランナーなど“お金の専門家”が語る言葉だ。財政難や高額の先進医療が登場していることにより、将来にわたって今の公的な健康保険制度が維持されるとは言い切れない。しかし、現時点での見解としては、間違ってはいないだろう。
もっとも、医療をめぐる制度の詳細まで把握している人はごく一部に限られる。自分や家族に多額の医療費がかかる際、社会保障の仕組みをどう使っていけばいいか、詳細に明かすのが『医療費で損しない46の方法』である。
本書には、公的な健康保険以外にも、介護保険や雇用保険、年金、生活保護、税金の減免など、さまざまな恩典を活用するノウハウが満載だ。
概念としては知っていても、誤解されていたり、詳細が知られていなかったりする制度は多い。
例えば、生活保護。いっさい資産を持ってはならないイメージがあるが、実は〈持ち家があると無理、というのは、よくある誤解〉だという。“資産を活用する”という原則から、資産価値のある大都市圏の大きな不動産や住宅ローンがかなり残っている場合などを除いて、〈原則として住み続けてかまいません〉という。
雇用保険もしかり。いわゆる「自己都合退職」の場合、会社都合などによる退職より、雇用保険の給付を受けるうえで、不利になることはよく知られている。ただ、自己都合による離職でも、〈病気や家庭事情などの理由があれば、正当な理由のある離職とされ〉、「特定理由離職者」として〈給付の要件や給付日数の面でメリット〉があるのだ。
正直、「よくこれだけ網羅できたものだ」と感心するほどに、本書は、さまざまな制度を活用する方法を記している。リファレンスとして持っておくには重宝する一冊である。
■AIで申請主義を変革
しかし、読めば読むほどに、各種制度の複雑さに驚かされる。
当然のことながら、実施主体も制度ごとにバラバラで、国や地方自治体、所轄官庁、部署で相互に制度を把握していないことも多い。本書は、国保の減免状況に著しい地域差があることを指摘していたが、同じ制度でも運用が異なることも珍しくない。〈しかも、いろいろな制度は別々につくられていて、統一性がありません〉という。
最大の問題は、〈現在の社会保障制度のほとんどは「申請主義」であり、制度ごとの縦割り〉であることだろう。〈利用したい人は、自分で知識や情報を得て、必要があったら担当窓口へ申請してください、そしたら審査します、というスタンス〉だ。
前述のように、制度は複雑すぎる。利用者からの申請を待っているスタンスでは、本来制度を利用すべき、病気にかかっている弱者が、制度の存在や詳細を把握できず、制度の恩恵に与ることができない。 では、この状況をどう解決するのか。
ワンストップの窓口は有効だろう。著者は、〈生活にかかわることならすべてを扱う「何でも相談センター」を、身近な生活圏ごとにつくること〉を勧める。ただし、〈実効性のあるものにするには、相当に力量のあるソーシャルワーカーを配置することが〉が欠かせない。
〈情報技術の活用〉も不可欠だ。家庭の状況や本人の病気から、どの制度が使えそうなのか、行政組織の垣根を越えて検討することも可能だろう。希少疾患の診断でAIの有効性は実証済みだが、相当複雑な事例にも対応できそうだ。たまたま役所内の異動で回ってきた職員(しかも、よその組織が管轄する制度のことは知らない)より、よほど有能ではないだろうか。
著者は、情報技術で〈申請主義を変革できる可能性〉に期待している。〈要件にあてはまるのに制度を利用していない人がいれば、人工知能で見つけて、自動的に適用してはどうか。あるいはせめて、この制度を使えますよ、と本人に知らせてはどうでしょうか〉と、積極的に制度利用を促す仕組みを提言する。
抜本的な解決策は、制度を一元的でシンプルな仕組みに作り替えることだ。わかりやすい形になれば、理解も進み、本来、利用すべき人が利用しやすくなるはずだ。制度が簡単になれば、専門家の出番も減る。利用者が膨らめば財政負担が増すが、どの程度まで支援するか、新ためてグランドデザインを描けばよい。役所間の“縄張り争い”が絡むだけに、これが一番難しいのは重々承知だが……。(鎌)
<書籍データ>
原正平著(中公新書ラクレ1000円+税)