●厄介者が安易に選択してもいいか
このシリーズの基本タイトルは〈医療過去未来〉だ。前回までは、「人はゆっくりと自由に死ぬ」ことができることを基調として、尊厳死、平穏死という、ある意味「死生観」に関する流行への異論を示した。90歳でスクワットを1日100回やっている人を知って、それを理想と見做し、ファンタジー化することによって、自由にゆっくりと枯れるように老いていく自らを「恥ずべき人生」「介護される悔悟の日々」「周囲に迷惑をかける罪悪感」に浸してしまい、その「観念ブーム」が「ピンピンコロリ」への期待を増幅し、長生きの価値観を一方的に低きに流してしまった。それでいいのか。『長生き地獄』(松原惇子著、SB新書、2017年)という本も出た。
そうした社会動向、風潮、つまり長生きの否定、「自由にゆっくり死ぬ」ことをわがままだと非難する同調圧力が、奔流となっている現状を眺めていくと、〈医療過去未来〉の未来には、早晩、「安楽死」が制度化されるのではないかと考えざるを得ない。
率直に言えば、実は制度化されない可能性も、この日本では小さくはないとも考える。何事も、新しい制度の導入にはへっぴり腰となる国民性をみると、議論をしている間に、邪魔でしょうがなかった高齢者がいなくなり、移民の2世たちが育って成長経済への道筋が見え始めると、そんな議論は必要がなくなるかもしれない。
一方で、欧米各国では、安楽死導入がかなりのピッチで進んでいる。別に賭けるわけではないが、このコラムの筆者は、それでもかなり近い未来、どんな形にしても、実質的な「安楽死」の導入は行われるのではないかと展望している。
その根拠は、前回のシリーズで延々と述べてきた「自由にゆっくりと生きる」高齢者に対する不寛容な社会と、死を待つ人々を施設や家に閉じ込め、地域社会で包みこんで世話をしてきた、かつての日本の地域社会の再建にまったく関心を示さない「単線」の思潮が、結局、その選択をしてしまうと考えるからだ。
真冬のアスファルトの舗道を、裸足でノースリーブのワンピース姿で徘徊する老女を「厄介者」と思うか、毛布を持って抱きとめに行くか。こんな例題を出すと、多くの人は後者に自分の行動を当てはめたがるが、本当にそうか。筆者は実際に、この光景に遭遇したことがあるが、ほとんどの人は傍観しているだけだった。私は毛布を借りに走った。 言葉が過ぎるとの批判は覚悟で言えば、「厄介者」は安楽死を選択してもいいかもしれない、あるいは「厄介者」になる前に安楽死を望みたいと、人々は考え始めた。そこに伝えられる海外の動向が、心理的に思考停止を促している。たぶん、日本型「安楽死」は編み出される。
今回のシリーズでは、「安楽死」に対して、それをとりまく状況の整理と、国内における論調、とくに医療側と、一般人のいくつかの著書などの読書を通じて、その行き先を展望していきたい。できれば、安楽死に関する社会論調の現状での整理ができるといいかもしれないと考える。
●2つのカテゴリーへの理解の難しさ
まず海外の動向を眺めていく。安楽死を制度化し、合法化している国は、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、カナダの4ヵ国だが、スイスでは法制度化されることを棚上げしたまま、民間の医師レベルで「自殺介助」とのニュアンスなのだろうか、「医療的手段」として行われており、これに国が積極的に関与することは現時点では行われていない。ただし、スイス国内では議論の直中にあるという状況にあるようだ。また、アメリカでは、オレゴン州など7州で安楽死、あるいは自殺の支援を容認しているか、容認する方向で制度化論議が進んでいる。
こうした動向は、日本国内のメディアの関心も高く、例えば安楽死の志願者がその願いがかなえられたときなどには、かなり大きな報道が行われる。ただ、国内の場合、筆者の個人的感想ではあるが、その報道はたぶんに興味本位であり、冷静な国内議論を求めるものではない。
海外で先鞭をきったのはオランダ。01年4月に「要請に基づく生命終結と自死介助審査手続法」が制定され、実質的な安楽死の容認が行われた。オランダでは、安楽死を容認すべきだという論調は70年代から強く、患者や家族の求めに応じて安楽死に手を貸す医師が跡を絶たなかった。
制度化に至った契機となるのが、精神科医のバウドワイン・シャボットが91年に行った自死介助。裁判を通じて3年近くにわたって論議されたが、結局、オランダ最高裁は有罪とはしたものの、シャボットに対する刑罰は課さなかった。この判決は、シャボットがひとりで自死介助を判断したことをもって有罪としながらも、複数の医師が判断すれば、「緊急避難として違法性を阻却することがあり得る」と受け取ることができ、実質的に容認の判断を示した。
オランダではその後も同様の安楽死事案が起きた。そうしたなかで、いくつかの関連既存法、例えば遺体処理法などの改正を通じて、検死のあり方などの基本的な枠組み、考え方を整理し、01年の制定につなげている。この制定の経緯を見ていくと、単純に安楽死容認などという極めて乱暴な感情論で制度がつくられたわけではないことが理解できる。
しかし、その論議の中身をうまく理解し、伝えていかなければ容認論者に都合のいいミスリードをされてしまわないかという不安も残る。この具体的な論考は、このシリーズの中でおいおい触れていきたい。
ここでは01年の制度化以後、オランダでは安楽死がどのような推移を辿っているかみてみよう。盛永審一郎氏監修の『安楽死法 ベネルクス3国の比較と資料』や、松田純氏著の『安楽死・尊厳死の現在』などによると、03年の制度に伴う届出数は1815件だが、徐々に増え、17年には6586件を数える。オランダの死因統計では4番目だという。
この制度では一口に安楽死といっても、2つのカテゴリーに分けられる。ひとつは医師が直接、致死薬を注射することで、松田氏はこれを「狭義の安楽死」と呼んでいる。もうひとつは、患者に致死薬を処方して患者の意思で服用する「自死介助」。つまり、すでにオランダでは自殺ほう助も「安楽死」のカテゴリーに入っていることを理解しなければならない。 ただ、オランダでは当初は全体の8%を占めていた「自死介助」が、17年には3.8%程度に減っている。これは重要な示唆に見える。オランダの医療界は、安楽死の選択時には医師が直接関与することを推奨している。それは、医師が自分の管理下での安楽死でなければ安心できない、「自死介助」で失敗した場合の悲惨さを回避したいという認識がすでに定着していることを表している。そして、それが徐々にウェイトを下げて、医師の直接的関与に患者側も理解を強めていることを示している。
つまり「死の選択」も、「診療の選択」、あるいは誤解を恐れずに言えば「究極のケア選択」の範囲内に入りつつあり、オランダの医師にはその考え方が定着しつつあるということだと思える。筆者のように医師ではない人間からみると、致死薬の服用の選択は患者に任せたほうが楽ではないかとイージーに考えてしまうが、「関与」を重視するという点では、ある意味「医療倫理」が機能しているともみえるのだ。
日本の医師は、例えばがんのターミナルケアの施設で「無治療」という選択肢をとることで悩むことすら多いという(中山祐次郎著『医者の本音』)。この率直な悩みが、オランダの医師より遅れているとは筆者は思わない。無治療は、相当に広義に解釈すれば「安楽死」かもしれないが、しかしゆっくりと自由に死ぬ権利を患者に保証することでもある。「死ぬ権利」も人生にあるとするなら、それをサポートする技術も医療である(無治療の判断も含めて)という解釈は成立するかもしれない。
安楽死は、そうした一定のモラル、あくまでも患者の自由な意思が尊重され、それを医師が科学的に管理するという構図を医療側も患者・家族、国民も誤解なく共通の言語で確立されなければならないはずだ。
しかし、オランダでもこのモラルの確立は完全なのだろうか。不完全であるなら、その隙間から生まれる非倫理的な風潮はないか。次回は松田氏の著書の紹介をしながら、「すべり坂」や、スイスのツアーなどについて考えてみよう。(幸)