権力とメディアの関係がまたしても揺れている。ここ数年、政権への批判的報道に目に見えて及び腰になっているメディアが、より一層政権の顔色をうかがう方向にシフトしつつあるのだ。ひとつは菅官房長官の会見で続いている東京新聞記者への異様な嫌がらせだ。1分半の質問中、7回にもわたって(13秒に1回!)「簡潔にお願いします」と司会が妨害する。新聞社にも再三記者批判の文書を出す。そのような異常事態が続くのに、官邸記者クラブの面々は“見て見ぬふり”なのだ。そればかりではない。
例えば、今週の週刊ポストはこんな記事を載せている。『NHK組織大改編で職員72名が提出した「反論意見書」』。NHKは6月から、8部門に分かれていた制作局各部をすべて廃止して6つのユニットに再編成する方針だが、実際には「文化・福祉番組部」の解体を狙った再編と目され、部員たちの猛反発を引き起こしているのだ。
社会派のドキュメンタリー『ETV特集』や『ハートネットTV』などを手掛けてきた部門で、一般のニュース番組に政権べったりの“大本営発表化”が目立つなか、社会問題を掘り下げてゆくうえで政権批判も厭わない骨太な番組作りを続けていた。
このあからさまな組織改編に、ネット上で批判が高まると、NHKは18日、「政権に忖度し、組織改正を行うかのような一部報道がありますが、このような事実は一切ありません」とする異例の声明をホームページで発表した。23日の朝日新聞は、「部の壁を取り払い、仕事の負担を平準化する『働き方改革』こそが目的」という趣旨のNHKの言い分を載せているが、能書きをいじくってみたところで同じことだ。すでに忖度が蔓延する局内で、他部門のスタッフと混ぜ合わせてしまえば、『ETV特集』などの内容も、自動的に「平準化」されてしまう。時間の問題で、そうなるのは目に見えている。
同じように弱体化が目立つのはテレビ朝日だ。21日には、朝の情報番組『モーニングショウ』で司会者の羽鳥慎一氏と社員コメンテーター・玉川徹氏が、「テレビは真実を伝えず、安心を与えるだけのメディアになっている」「それじゃダメなのか」とぶつかり合い、話題を集めたが、このとき3月いっぱいで退社を決めている宇賀なつみアナが「報道にあこがれてテレビ局に入ったが、現実は違った」と本音を漏らすひと幕があった。
テレ朝では、看板番組『報道ステーション』でも政権批判のトーンダウンが進んでいる。今週のポストは、昨年9月までこの番組にいた小川彩佳アナについて『テレ朝退社小川彩佳アナがTBS「NEWS23」に⁈ “脱局女子アナ”たちの椅子取りゲーム』という記事も載せた。あくまでゴシップ風の記事なのだが、宇賀アナ同様に3月末で退社する小川アナもまた、最近のテレ朝には不満を抱いていたとされる。記事内容を裏付けるように、23日にはスポーツ紙も、彼女が7月から『ニュース23』に起用される、と報じている。
NHKやテレ朝が相次いで“落城”するなかで、いよいよTBSだけがこの流れに抗う砦となる格好だが、こうなると政権や右派視聴者の攻撃を一身に受ける立場になり、果たしていつまで踏ん張ることができるか。情勢は楽観を許さない。もちろんこういったメディアの趨勢を「好ましい」と思う人も、最近は一定数いるのだろう。だが果たして、その手の人々は本当に、北朝鮮や中国のような“従順なメディア”だけになる状況を望むのだろうか。そのへんの感覚が、私にはどうしても理解することができない。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。