一昨年あたりから「慢性炎症」という言葉を聞く機会が増えた。おそらく初めて聞いたのは、健康食品業界の関係者から。彼らはいつもマーケティングに使える言葉を探していて、「次のバズワードにならないか?」と考えていたようだ。


 正直なところ、健康食品業界の人々から入る情報は玉石混交だ。それだけに、「慢性炎症って、関節や筋肉の痛みのこと?」などと、あまり真剣には考えていなかったが、調べてみると大違い。慢性炎症は、糖尿病ほか多数の深刻な病気と関連している“万病のもと”である可能性について各所で言及されていた。


 まとまった形で慢性炎症について調べたいと考えていたところ、『免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か』が登場した。


 異物が人の身体に入った時、赤くなったり、腫れたり、熱が出たり、痛みを感じたりといった症状が起こる。炎症反応だ。〈炎症というのは、からだの中で起きている異常状態に対する正常な応答=防御反応です。(中略)炎症は一過性であることがふつう〉であり、これを急性炎症とも呼ぶ。


 一方、慢性炎症は〈くすぶり型でだらだらと続くもの〉である。アトピー性皮膚炎や喘息をイメージするとわかりやすいだろう。


 慢性炎症では、炎症反応の症状が必ずしも現れない。〈したがってあまり気がつかないうちに炎症が進行してしまう〉ことがある。炎症の悪影響は局所にとどまらず、全身に広がることも。そして〈炎症を起こしている組織の性状や形態が次第に変わり、ついにはその組織の機能が低下してくる〉という。


 肥満から糖尿病へ至る過程では、①肥満により脂肪組織で持続的な炎症が起こる→②血糖値を下げる働きを持つインスリンの利き方が悪くなる→③血糖値が高くなる→④糖尿病になる、といった具合だ。


■ストレスは体にも悪い


 本書では、慢性炎症と関係している病気として、〈動脈硬化、血栓、梗塞、糖尿病、肝硬変、アトピー性皮膚炎、喘息、関節リウマチ、クローン病、潰瘍性大腸炎、アルツハイマー病、多発性硬化症〉とさまざまな疾患が挙げられている。がんも〈慢性炎症によって起こりやすくなります〉という。まさに万病のもとである。


 炎症が起こる仕組みは、本書の第2~3章で解説されている。かなり専門的な内容も含まれるが、丹念に読み解いていけば理解できる内容だ。本書のタイトルにもなっている「免疫」の仕組みが関係していることよくわかる。 「インフラマソーム」と呼ばれる分子複合体は、これが形成されるとまわりに炎症が広がることから、本書は「炎症の仕掛け人」と称している。第3章では、このインフラマソームを中心に痛風や動脈硬化、アルツハイマー病といった病気をみていくが、従来とは違った視点も含まれていて興味深い。


 アルツハイマー病については、過去何度も新薬開発に失敗しているが、〈インフラマソームを新しい治療の標的としたアルツハイマー病の治療が現在、開発されつつあります〉という。  慢性炎症が関係する病気には、リウマチ、潰瘍性大腸炎など、治療薬がすでにある病気も存在している。これから慢性炎症からさまざまな病気に至るメカニズムが解明されるにつれて、治療薬も増えていくことだろう。


  慢性炎症の予防法はと言えば、現時点では〈何事もほどほどが肝心で、やりすぎはだめ、大事なのは中庸〉と、いたって平凡な答えになってしまうのだが、もうひとつ、著者は〈避けられるストレスを避けること〉を強調する。ストレスがかかるのは精神的に嫌なものだが、肉体的にも悪いのだ


  慢性炎症は万病のもとだけに、さまざまな論点が記されていて、少々“お腹いっぱい”になってしまった感もあるのだが、本書は本庶佑・京都大学名誉教授のノーベル生理学・医学賞受賞で一躍注目されるようになった「免疫」の世界を知るうえでも有用だ。ひいひい言いながら完読・理解するのもよし、気になる部分だけを熟読してもよし。難しい部分は読み飛ばしても、多くの知見が得られる一冊である。(鎌) 


<書籍データ>

免疫と「病」の科学

宮坂昌之、定岡恵著(講談社1,100円+税)