2月26日付の日経新聞に「抗体医薬で花粉症治療 ノバルティス 国内で重症者向け」という記事が出ていた。


 気管支喘息薬として発売済みの「ゾレア」に花粉症の適応も取得するのだという。すでに治験は済んでいるらしい。投与対象となるのは、既存薬で十分な治療効果を得られない重症成人患者とのことで、使用想定量は1人1ヵ月あたり75mgから1200mg、推計重症患者数は国内に200万~300万人と記事は報じている。


 これは近々大きな議論を巻き起こすことになるだろうと思った。


 NDBによれば2008年に承認されたゾレアの2016年度の処方実績は、薬価4万5千円余りの150mg瓶で1749本(同じく2万3千円余りの75mg瓶は0)しかない。年間売上高約5千万円だ。そんな薬に対して、わざわざ億単位の金を投じて追加治験を行ったのは、たとえ適応を重症花粉症に限定されたとしても、処方量が何万倍にも増える可能性を秘めているからだ。増え方は、オプジーボの時を超えるかもしれない。当局は、薬価算定にあたって、難しいソロバン勘定を強いられることになるだろう。


 しかも、ことはこれで終わらない。昨年11月、国立成育医療研究センターが、免疫学の泰斗として知られた故・石坂公成氏との共同研究の成果として、「妊娠マウスに特殊な抗体を注射すると、子マウスはIgEを作らないことを発見した」と発表している。IgEを作らないということは、つまり、いわゆるアレルギーを起こさないということだ。この「特殊な抗体」の人間版こそゾレアに他ならない。ゾレアを妊婦に使って安全だったという論文も出ている。


 もし、生まれてくる子どものアレルギーを予防するなどという適応が取れたなら、その処方量がどれほどのものになるのか、想像を絶する。


 ただし、妊婦を対象とする治験を組むというのは相当にハードルが高い。生育医療研究センターの研究者たちは、「まずは、喘息治療薬として妊娠時に投与された経験のある女性のお子さんたちから血液を採取させてもらえれば、薬としての有効性に関する概念実証はできるはず」と述べていたが、何しろ年間2000本も出ていなかった薬だ。数を集めるのも大変だっただろう。


 しかし、何百万人もの想定患者がいる重症花粉症の治療薬として適応を取れれば、アレルギー予防の概念実証はあっという間に終わり、治験へと進められる。


 保険財政のことを考えると喜んでばかりもいられないが、これから生まれてくる子どもたちがアレルギーに悩まなくて済むのだとしたら、それは医学薬学の勝利と言わざるを得ない。さすが世界3位のメガファーマだ。 川口恭(ロハス・メディカル編集発行人)