皮が分厚い柑橘類が店先にたくさん並ぶ季節になった。温州ミカンのこぼれるようなダイダイ色一色だった陳列が、品種ごとに少しずつ色も形も質感も異なる柑橘類がお行儀良く並ぶ景色に変わっている。記憶を辿れば、筆者が小学生の頃は温州ミカン以外のおミカンといえば、ハッサクとナツミカン、時どきネーブルくらいの品種があって、給食にはしばしばハッサク半個というメニューもあったが、当時は不知火(シラヌイ:デコポンと表示されることがある)やタンカンなどの品種はまだ全国的に出廻る状況ではなかった。それに比べれば、今の柑橘類の品揃えは憶えきれないほど多くの個性豊かな品種が並んでおり、豊かである。 



 柑橘類に品種が非常に多いのは、交雑しやすい特性がある上に、枝変わりと呼ばれる突然変異が高頻度で起きるかららしい。その枝変わりで起きた変異を敏感に見出し、挿し木や取り木で上手に絶やさないよう増やしたものが、新品種として登録されることも多い。交配で作出された品種と、枝変わりで発生した品種と、それらのさらなる交配品種などがどんどん作出される上に、古い時代に自然交配で成立した基本的な品種もあるらしく、柑橘類の系統樹は複雑すぎて不明な部分が多くあるそうである。


 さらに柑橘類の系統を複雑にする要因がもうひとつある。食した柑橘果実から出てきたタネを蒔いてみるとわかるのだが、柑橘類の多くの品種は一粒のタネの中に、母系形質をそのまま受け継いだ胚ひとつと、受精してできた複数の胚が一緒に存在しているのである。播種するとそれぞれの胚から芽が育ってくるので、1粒のタネから3つ4つと複数の芽が出てくるのである。筆者が小学生の頃、給食で出てきたグレープフルーツの中にあった、発芽しかけていたタネを持ち帰って、こっそり庭に埋めたら、1粒しか埋めなかったはずなのに、4本も芽が出てきて非常に驚いた記憶がある。高校生になってから前述の仕組みを本で読んで知り、大きく納得した、次第である。


 さてこの皮が分厚い柑橘類の中でも、皮を剥いて身を食べるというよりは、葉付きで飾ったり、果汁でポン酢を作ったり、あるいはママーレードの原材料としての方が馴染みがある品種がダイダイである。お正月の鏡餅のてっぺんに飾られる橙色のまん丸な柑橘類である。


 ダイダイという名前は、熟した果実がなかなか枝から落ちず、新しい果実が熟した時に、前年の果実がまだ枝に残っていることから、次の世代に交代することがうまく行われる象徴として、代々(ダイダイ)という名前がついた、と解説されることが多い。この順調な世代交代を願って、鏡餅の上にも飾るのだそうである。


 ダイダイの果実の写真をよく見ると、ほんのり緑色がかっている果実があることがある。登熟中の果実である場合もあるかもしれないが、よく見ると十分に大きな果実の真っ先に橙色になりそうな枝から遠い不自然な部位が、橙色に緑色の粉をまぶしたような不思議な色合いになっていたりする。これは、長期間枝についたままの果実が、いったん橙色になってからまた緑色に色づいていく現象が起きるためである。  このダイダイの成熟した果実の果皮が生薬のトウヒ(橙皮)、未熟果実がキジツ(枳実)である。柑橘類の果皮が基原の生薬は他にチンピ(陳皮)があって、こちらは健胃作用や鎮咳・去痰作用を期待して多くの汎用漢方処方に配合されているが、トウヒは漢方処方よりは生薬製剤、平たく言うと、薬局で処方箋なしで購入できる一般用医薬品の胃腸薬にしばしば配合されている。キジツも健胃作用を期待して使用されるが、より広汎な漢方処方に配合されている。


 ダイダイは外国産柑橘類ではサワーオレンジ(酸っぱいオレンジ)とかビターオレンジ(苦いオレンジ)と称されるものに近縁らしく、英訳する時にはこれらの単語が使われる。実際に日本のダイダイと海外のサワーオレンジやビターオレンジが同じ品種なのかどうかについては筆者はいささか懐疑的だが、サワーオレンジ、あるいはビターオレンジについては、ここ数年、そのエキスを使った痩身目的のサプリメントが欧州を中心に流行しており、それらによる健康被害情報が多く公表されている。


 健康被害の原因とされる化合物はおそらくシネフリンという含窒素化合物で、これは柑橘類の果皮に含まれており、その構造がエフェドリンに類似している。エフェドリンはマオウ(麻黄)に含まれる中枢神経興奮作用のある化合物であるが、ひと昔前は欧米ではマオウを非医薬品として利用可能であった地域があり、痩身目的のサプリメントに盛んに配合されていた。しかし、それらによる重篤な健康被害の実態が明らかになり、近年では多くの先進国ではマオウの非医薬品利用が禁止されている。その状況を受けて使用量が急増してきたのがビター(サワー)オレンジエキスなのだそうである。シネフリンはエフェドリンと同様の効果が期待できる、ということらしい。即ち、βアドレナリン受容体を刺激して、体脂肪減少効果が期待できると考えるらしい。


 シネフリンを含むビター(サワー)オレンジエキスとカフェイン等を配合したサプリメントが、痩身効果をうたって販売されている。しかし、それらによって時に死亡に至る健康被害事例が多数報告されている。健康被害の例を挙げると、虚血性大腸炎、虚血性脳卒中、横紋筋融解症、急性側壁心筋梗塞、心臓血栓、肝障害などなど。特に心血管に対する影響は深刻であるということである。 



 柑橘類の皮にエフェドリン類似物質が含まれている、というのは少々びっくりする事実であり、オレンジピール(柑橘類の皮の砂糖漬け)やママレードも危険な食べ物なのか、と思われるかもしれないが、そんな極端な話ではない。通常の生活で食品として摂取する量であれば、シネフリンの含有量は毒性を表すような量にはならない。前述の健康被害事例はいずれも、柑橘類の皮を抽出したエキス、つまり高度濃縮物を使ったサプリメントを摂取した場合であり、多くの例では相当量のカフェインも同時に配合されていた製品によるものである。


 いわゆる「健康にいい成分」は、たくさん摂取すればそれだけより健康になれる、ものは極少数だろう。多くの場合、エキスなどの濃縮物になると、せっかくの機能性成分が毒物に変身してしまう。なんでも適量を知って利用したいものである。 


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。