10数年間、『よくわかる医療業界』の取材で著名な看護師を取材した際に「クリティカルパスをやめたい」と言われて驚いた。いまもそうだが、当時はクリティカルパスがブームだった。治療プロセスを標準化して平均在院日数を短縮させることができる“魔法の杖”のような存在だった。そのパスをマネジメントするベテラン看護師が「やめたい」とはどういうことなのか。「若い看護師が何も考えなくなるから」というのが、その理由だった。


 今日、無能化を心配する対象は、パスからAIになっている。「AIで薬剤師が無能になるのではないか?」――。このような懸念が湧き上がっていることが3月9日に都内で開催されたJASDIフォーラム「これからの医薬品情報と ICTを考える」のなかで俎上に載せられた。


「医薬品情報へのAI活用のこれからと期待」を講演した国立がん研究センター東病院薬剤部の望月伸夫氏からは、AIの主な能力として、①画像認識(鑑査支援・お薬手帳入力支援)②音声認識(記録記載支援・検索支援)③自然言語処理(情報の整理)④蓄積データの解析・利用(ケアプラン作成支援)・疼痛評価・副作用予測・問診支援等)――の4つが示された。 国立がん研究センターは、木村情報技術と医薬品情報の問い合わせに関する多施設共有のデータベースの構築運用、およびAIを活用した質疑応答支援システムの共同研究を始めている。この目的について望月氏は、「DI業務における各施設の問い合わせ情報を統合することにより業務効率の向上を狙う」「AIによる応答支援システムにより、より短時間に制度の高い情報にアクセスできるようにする」の2点を挙げた。


 こうしたAI化の流れに対して薬剤師は、コミュニケーションや答えがない問題に対する判断評価、意思決定など専門家としてより責任のある態度が求められていくと指摘した。


「これからの医薬品情報と ICT(DICT)を考える」について基調講演を行った杏林大学医学部付属病院薬剤部の若林進氏は、紙→IT→AIの流れのなかで薬剤師が自分の仕事を消されないためには、①高creativity(抽象的な概念を整理・創出する能力)②social skill(高度なコミュニケーションをしたり、サービス志向性のある対応)③非定型(役割が体系化されていなく多種多様な状況に対応)――が求められると述べた。


 パネルディスカッションも終盤に差し掛かったとき、(独)国立病院機構埼玉病院薬剤部の荒義昭氏から印象的なエピソードが語られた。荒氏がDI室に配属されたとき、「イソジンをうがい中に飲んでしまう患者がいるんだけれど、大丈夫か?」という問い合わせがあったという。急性・慢性毒性を計算するなどして、「うがいくらいの量なら飲んでも問題ない」と回答し、そのことを当時の上司に報告したところ、ひどく叱責されたそうだ。


 質問してきた施設は重症心身障害病棟であり、本来であれば看護師などが口腔清拭をしなければならないところを、患者にうがいをさせてしまっているのではないだろうか。そう考えると、回答すべき内容は「うがいが適応でなない患者にはうがいをさせてはならない」であり、回答を再提出させられたという。


 この経験をもとに荒氏は、「本当にその質問でいいのか。優秀なAIを使っても、質問の妥当性を見極めないと正しい答えは得られない。ガーベージイン・ガーベージアウト(無意味なデータを入れれば、ゴミのような結果が出てくる)だ」と指摘した。 


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川越満(かわごえみつる)  1970 年、神奈川県横浜市生まれ。94年米国大学日本校を卒業後、医薬品業界向けのコンサルティングを主業務 とするユート・ブレーンに入社。16年4月からは、WEB講演会運営や人工知能ビジネスを手掛ける木村情報技術のコンサナリスト®事業部長として、出版及 び研修コンサルティング事業に従事している。コンサナリスト®とは、コンサルタントとジャーナリストの両面を兼ね備えるオンリーワンの職種として04年に 川越自身が商標登録した造語である。医療・医薬品業界のオピニオンリーダーとして、朝日新聞夕刊の『凄腕つとめにん』、マイナビ2010 『MR特集』、女性誌『anan』など数多くの取材を受けている。講演の対象はMR志望の学生から製薬企業の幹部、病院経営者まで幅広い。受講者のニーズ に合わせ、“今日からできること”を必ず盛り込む講演スタイルが好評。とくにMR向けの研修では圧倒的な支持を受けており、受講者から「勇気づけられた」 「聴いた内容を早く実践したい」という感想が数多く届く。15年夏からは才能心理学協会の認定講師も務めている。一般向け書籍の3部作、『病院のしくみ』 『よくわかる医療業界』『医療費のしくみ』はいずれもベストセラーになっている。