「産んだ女性が母親」——。


 8月5日、自民党の法務部会と厚生労働部会の合同会議は、第三者から精子や卵子の提供を受けて生まれた子と親の関係を定めた民法の特例法案を了承した。今国会で法案の提出が予定されているという。


 なぜ今、こんな法律が検討されているのか? 


 背景には、顕微授精、卵子提供、凍結精子・卵子を使った出産といった“生殖テクノロジー”の大きな進化がある。生殖医療の進歩は、今や夫婦間の不妊治療にとどまらない。第三者の精子や卵子を使った出産さえ可能にしている。国内では、精子提供をうたうウェブサイトは数多く存在するし、卵子の提供もすでに行われている。


 海外はさらに進んでいる。卵子提供、代理出産といった生殖医療は、世界各国ですでに商品化され“生殖ビジネス”として存在していて、日本人の中にも、こうした生殖医療を利用して子を授かる人もいる。


 もっとも、代理出産で子どもが生まれた場合、「誰を親とするのか」は、難しい問題だ。例えば、ある夫婦が第三者から卵子の提供を受けて、別の女性に依頼して代理出産してもらったとしよう。さて、母親は誰か? 遺伝的には卵子を提供した女性だし、産んだのは代理出産した女性だ。でも、実際に子どもを授かりたいと考えたのは依頼した女性だ。


 現行の民法は、こうした形で子どもが生まれることを想定していない。そこで、今回の法案が検討されたという訳だ。


 海外の生殖ビジネスをめぐっては、さまざまな問題も起きている。


 去年、代理出産を依頼したオーストラリア人が、生まれた双子のうち、障害を持つ子の引き取りを拒否して騒ぎになった。また、日本人の独身男性がタイで代理出産を使って10人を超える子を産ませていたことも問題視された。


 そんな折、世界各地で勃興する生殖ビジネスの実態を描いた『ルポ 生殖ビジネス』が登場した。著者は、インドやタイ、ベトナムなどの生殖ビジネスの現場に密着、各国の代理出産事情から法規制、代理母の待遇やリクリートの現場まで、生々しい実態をレポートする。〈卵子提供や代理出産への需要の増加は、世界的な流れ〉。不妊患者だけでなく、〈生殖技術を利用してわが子を得たいという独身や同性愛カップルの依頼者がますます増加していることが、生殖ビジネスの膨張に拍車をかけている〉という。 


■“中抜き”される代理母


 本書によれば、〈代理出産をやるのは相当お金に困っている女性に限られる〉というのは世界共通のようだ。いろいろと負担が大きいのは9ヵ月間も拘束される代理母なのだが、エージェントや医師に結構“中抜き”されている実態もよくわかる。それでも、代理母にしてみれば、驚くような金額を手にするのだとか。


 いろんなグレーゾーンを抱えつつ、国が生殖ビジネスを容認していても、何か問題が生じれば、一気に規制ができ、生殖ビジネスの中心地が他の国に移っていく。代理出産で生まれた子が、依頼者の国に入国する際にトラブルが続出したことで、インドでは取り締まりが強化された。タイでは〈卵子提供、代理出産、そして着床前診断までもが商業ベースで自由に利用でき〉たが、今年7月、商業的代理出産を禁止する法律ができた。


 面白かったのは、本筋とは関係なさそうで、実はすごく関係している、国ごとの出産や子どもに対する考え方。


 例えば、タイでは、〈卵子ドナーや代理母として協力すれば、不妊で困っている人を助ける善行になると認識されることにもなる〉ということで代理母になる人もいるとか。ベトナムでは母子の愛着は〈遺伝的なつながりでなく妊娠出産によって形成されると認識されている〉(「子宮中心主義」という)ため、卵子提供では問題が生じにくいが、代理出産とは相性が悪いようだ。出生奨励主義をとるイスラエルでは生殖医療に国の手厚い保護があるが、男性同性愛者は国内で代理出産を依頼できないので、〈ゲイカップルが海外で商業的代理出産を利用する〉という。


 実は、自民党の合同会議では、冒頭の法案と併せて日本における卵子提供や代理出産などの生殖医療の法制化も行われるはずだったが、先送りされた。これから日本でも生殖医療にめぐる議論がさかんになるだろうけど、世界の生殖医療をさまざまな角度から切り取った本書は、多くの“視点”を提供してくれるはずだ。(鎌)


<参考データ>

『ルポ 生殖ビジネス』

日比野由利 著(朝日選書 1300円+税)