1年ほど前のことだったか、東大出身の友人らに「日本の法治はもう途上国並みだな」と、南米での生活体験を引き合いに呟いたら、「それは言い過ぎだ」と、たしなめられてしまった。一座の中にいた官僚の友人の顔色を気にしたのだろう。だが「桜を見る会」をめぐる政府のウソ・ごまかしを連日見ていると、その思いはより一層強くなる。あの香港の裁判所さえ、違憲立法を無効化できるのに、この国では司法の独立はないも同然だ。だからこそ、政治家も役人も、断罪を恐れずにウソがつけるのだ。


 前回の本欄で、《文春砲はより深い事実や独自の切り口を模索して、それなりに動いているはずだ。新潮は逆張りで、野党やメディアなど“追及する側”を揶揄する記事を載せるかもしれない》と、それぞれの誌面展開を予測したが、笑いたくなるほどに、この見通しは“的中”した。


 文春が『安倍晋三「桜を見る会」「虚偽答弁」を許すな』と正攻法で問題に切り込んだのに対し、新潮は『狂い咲き「桜を見る会」はバカ騒ぎでも安倍首相「前夜祭」の釈明21分間に二つの墓穴』と、記事の半分以上を費やして「民主党鳩山政権にも与党議員の『招待枠』があった」として“どっちもどっち感”を醸し出している。


 だが、民主党で首相や議員に割り振られた「枠」は、歴代自民党政権と同程度で、現状よりけた違いに少人数。招待客名簿は公開を前提に作られていたことが公文書に残されている。招待基準の文言に「各界の代表者『等』」と、「等」の1文字が加えられ、「誰でもOK」になったのも第2次安倍政権になってからのことだ。こうした重要な「変化」に関しては、新潮記事は気づかないふりをしている。


 かと思えば、新潮は『「官邸の番犬」が前代未聞の忖度捜査! 安倍総理「秘書ご子息」のケンカに捜査一課を投入した「次期警察庁長官」』というインパクトある政権批判のスクープも載せていて、そのスタンスがどうにもわかりにくい。2つの記事はそれぞれ別個の取材班が手掛けたのであろうから、そのメンバーのスタンスが違うのかもしれない。


 この「忖度捜査」の記事は、元TBS“総理ベッタリ記者”こと山口敬之氏の伊藤詩織さんレイプ疑惑の際、氏が逮捕される直前にツルの一声で逮捕状執行をもみ消した中村格・警視庁刑事部長(現・警察庁官房長)が2016年、ゲームセンターで遊んでいた子供と30代くらいの会社員のケンカが起きた際、殺人事件などを担当する警視庁本庁の精鋭チーム・捜査一課をこの軽微なトラブルの捜査に投入した、という話だ。常識では考えられない捜査体制だが、要は一方の当事者が安倍首相の秘書官の息子だったため、中村氏は官邸への“点数稼ぎ”のため、凶悪犯罪並みの取り組みで会社員を検挙したらしい。“あの刑事部長”ならありそうな話である。


 文春に載った「桜を見る会」の特集は、文春らしい“深掘り”の記事であり、“前夜祭疑惑”の舞台・ホテルニューオータニの明細書こそ手に入れていないが、現役のホテル社員やOBらに丹念に話を聞き、「5千円×800人=400万円」とされているあの宴会の費用は「最低でも一千万円かかる」という内部証言や11月15日にニューオータニの広報部長ら2人が議員会館の安倍首相の部屋に呼び出され、「会費5千円ということが厳重に“確認”された」ことなどを暴いている。一方で直撃した総支配人からは「総理といえば天皇の次くらいの人ですから、使ってもらえるのはありがたい」という身も蓋もない言葉を引き出している。


 それにしても、つい最近まで、民放ワイドショーは延々と隣国大臣による子供の不正進学疑惑を報道し、「日本では考えられない」とキャスターもコメンテーターもはしゃいでいた。せめてそれと同程度のエネルギーで、自国の政権腐敗も追及してほしい。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。